会内外の方が憲法九条擁護に関する「声」を発表する場を設けました。
 憲法九条を守り生かすという九条の会の趣旨に反する内容の「声」は掲載不可としま
す。掲載不可の場合の理由についての返事を出しませんのでご容赦ください。「声」
の送付先は このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 です。
件名に「声]の欄投稿」と明記してください。
 
 
去る10月3日、千葉駅前ドーム下で「3日」恒例の「アベ政治を許さない」意思表示行動を行いました(下はその時の写真です)。
この集まりは毎月3日の12時30分から1時まで千葉駅前クリスタルドームで行われています。
参加者は初期に比べると激減していますが、粘り強く行われています。
来月は衆議院選の後、もうこのようなことをしないですむ、国会であって欲しいです。
                           (副代表 崎山比早子)
 

 
日本憲法施行70周年シール投票「憲法9条守る?変える?」報告
2017年5月5日(子どもの日)恒例のシール投票「憲法9条守る?変える?」を千葉市動物公園陸橋上で行いました。スタッフとして参加したのは11名でした。
投票結果は、投票数112で、憲法9条を守る95(84.8%)、変える10(8.9%)、わからない7(6.3%)、でした。シール投票を呼び掛けるチラシを200枚用意し、約160枚受け取ってくれました。
(因みに昨年5月5日の結果は、投票数249で、守る201(80.7%)、変える9(3.6%)、わからない39(15.6%))
*昨年に比べて投票数が半減した理由としては、昨年は2時間ちかく実施したが、今年は暑く1時間15分で切り上げたこと、また集団で投票してくれる高校生や中学生の集団が何組か通りがかったが今年はそのような集団が皆無であったこと、などが挙げられます。
*今年の一つの特徴は、わからないにシールを張る人が減激したことです。
*とくに中高生などの若い人にとって“戦争をする国になるかどうか”は大きな関心事であるように思われました。多くの中高生が“守る”に投票していました。
下の写真は当日の模様です。
 
 

 

 

7月3日(日)、千葉駅前クリスタルドーム下で毎月恒例の抗議行動をしました。

下にその時の写真を掲載します。
 
63日千葉駅前クリスタルドーム下で毎月3日に行う抗議行動をしました。

はじめの時から比較すると参加者の数は徐々に減少傾向にあります。

アベ政治を許さず、政権交代を実現させるのにはどうしたら良いのか?

無関心に通り過ぎる多くの市民は、必ずしも現状に満足してはいないと

思うのです。その声を拾い上げ、大きな力にするにはどうしたらよいのか?

時間は限られています。7月の参議院選挙を勝ち抜くには?        崎山比早子

 
 
若葉九条の会は2016年5月5日も恒例の全国シール投票「憲法9条 守る?変える?」
①動物公園陸橋上と②JR千葉駅の2箇所でおこないましたのでご報告します。また、当日の写真と5月7日東京新聞の記事のコピーを併せて掲載します。
 
①千葉都市モノレール 動物公園駅陸橋上にて1:30~3:00 実施
スタッフ    14名
 
投票総数       249人
守る            201人(80.72%)
変える       9人(3.62%)
分からない   39人(15.66%)
 
②スタッフが十分集まったので 急遽 支店を JR千葉駅前に開設 2:00~3:30
 3名にて小さいボードで実施
 
投票数         71人
 守る         56人(78.87%)
 変える     1人(1.41%)
 分からない    14人(19.72%)
 
①は家族ずれが多かった(ライオンが来まして渋滞が起こりました)。反応は大変良く、子どもからお年寄りまで沢山の人が投票してくれました。東京新聞が取材に来てくれ、5月7日の朝刊に載りました。
②はグループの高校生(男性女性)が 守るにシールを貼ってくれました。
(東京新聞 5月7日付の記事から)
 
 
4月3日、恒例の千葉駅前クリスタルドームで「アベ政治を許さない」の意思表示を行いました。参加者は10名でした。その時の写真を掲載します。(崎山比早子)
 
2016年1月3日、JR千葉駅前クリスタルドーム下で行った「アベ政治を許さない」行動の写真を掲載します。
 昨年11月3日からJR千葉駅前クリスタルドーム下で澤地久枝さんが呼びかけた「アベ政治を許さない」のポスターを掲げるスタンディングを始めました。
 1月3日も12時から13時まで10名ほどが参加し、「安保法案廃止2000万人署名」集めもかねて行いました。
 これから毎月3日12時からスタンディングを行います。皆さんお気軽にご参加下さい。(崎山比早子)
 
 
 
 11月3日(火)に開かれた安倍政権への抗議のイベントが東京新聞に大きく取り上げられました。
その記事のコピーと参加した会員の原稿を掲載します。
 
 1946年11月3日、日本国憲法が公布されて69年の今年9月、大多数の国民が反対する中、
アベ政権はこの平和憲法を破壊する”安保法案”を強行採決しました。
澤地久枝さんの呼びかけで国民の声を無視する「アベ政治を許さない」、憲法を守れという意思表示がJR千葉駅前で、12時から13時まで行われ、若葉九条の会からも参加しました。
 
 続いて13時40分から15時20分まで会員10名が参加して恒例の若葉九条の会シール投票「憲法九条 守る?変える?」、「戦争法の廃止を求める統一署名」(2000万人署名)を行いました。
 
 投票結果は
   九条を守る 76名(82.6%)、変える10名(10.9%)、わからない6名(6.5%)、合計92名(100%)
   統一署名:27筆、配布したチラシ約180枚 でした。
 
 1時間40分の間に投票に参加して下さった人の数からわかりますように千葉駅頭を行き交う多くの人々の憲法や政治に対する無関心さを直に感じざるを得ませんでした。
 無関心は民主主義を自ら手放してしまう自殺行為です。
 希望ある未来のためにもアベ政治を終わらせるよう手をつなぎあって行きましょう。
                                (崎山比早子)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
去る2月22日に開催された当会設立10周年記念講演会とコンサートを見ることができます。
クリックしてください。
 
 
若葉九条の会・憲法を読む会設立10周年
「講演と音楽のつどい」
講演録
記念講演
「集団的自衛権で日本は平和になるのか」
~「戦争する国」づくりを阻む国民的共同を~
渡辺 治 (一橋大学名誉教授)
日時:2015年2月22日
場所:みつわ台公民館講堂
 
目次
はじめに
1. 安倍政権とはどんな政権なのか?何を目指し
 ている政権なのか            
(1) 安倍政権の二つの顔
(a) アメリカ、財界待望の政権としての顔
(b) 歴史の修正主義、靖国に固執する顔
(2) どうして安倍は2つの顔を持っているのか?
(3) アメリカ、財界の切り札としての安倍政権
2. 安倍政権はなぜ集団的自衛権に固執するの
 か?               
(1) 冷戦終焉以来25年に及ぶアメリカの圧力に応える
(2) 海外派兵に憲法9条とその解釈がその障害
  物として立ちはだかった
(a)明文改憲が60年安保闘争で潰された
(b)憲法9条の下における自衛隊の合憲化のための憲法解釈が必要
(c)政府は自衛隊の活動に制約をかけて自衛隊の合憲性を説得
(3)90年代以降の自民党政権の自衛隊海外派兵
  の試みとその限界
(a)小泉政権の自衛隊イラク派兵の論理
(b)自衛隊のイラク派兵の限界―憲法による制約
3.安倍政権はどんな国をつくろうとしているの
 か?             
(1)安倍政権の「戦争する国」づくりの3つの
  ねらい
(a) ねらい1 あらゆる場合に自衛隊の海外での武力行使の自由を獲得すること
(b)ねらい2 自衛隊をアメリカ軍と共同作戦可能な侵略の軍隊へつくり変えること
(c)ねらい3 アメリカ軍の戦争に加担する国内体制をつくること
(2)なぜ安倍政権は「限定行使」論で閣議決定
  せざるを得なかったのか?
(a)安倍政権の大きな誤算
(b)集団的自衛権限定行使論に切り替えざるを得なかった
(c)7.1閣議決定の2つの側面を認識する必要がある
4.正念場となる2015年―新段階に入って安倍
 政権がねらうもの        
(1) 戦争立法の成否、岐路に立つ憲法
(a) 閣議決定だけでは自衛隊は海外で戦争できないー戦争立法を通す必要がある
(b) 逆に安倍政権の戦争立法を通すことがあると、安倍政権は明文改憲をねらう
5.改憲を阻む国民的共同を    
(1)安保闘争にからの教訓、安保闘争を超える
(a)安保闘争の教訓を改めて学ぶ
(b)5つの新しい共同の可能性と条件
1つ目:地域の運動の力量が飛躍的に増大
2つ目:保守の危惧と離反が進行している
3つ目:市民運動の力が桁外れに増大
4つ目:女性の力が比較にならないくらい大きくなった
5つ目:中高年の立ち上がりが凄い
 
 
参考文献
渡辺治、岡田知弘、後藤道夫、二宮厚美
 『大国への執念~安倍政権と日本の危機』
       大月書店、2014年10月
資料1.安保法制懇報告 2014年5月15日
資料2.自民党「防衛計画の大綱」策定にかかる
   提言 2013年6月4日
資料3.2014年5月15日安倍首相記者会見
資料4.集団的自衛権行使容認の閣議決定
           2014年7月1日
資料5.自民党『日本国憲法改正草案』
           2012年4月27日
 
 渡辺治です。今日は“集団的自衛権で日本は平和になるのかー「戦争する国」づくりを阻む国民的共同をー”という題でお話したいと思います。
 
はじめに
 去年12月14日の総選挙において安倍首相が率いる自民党が圧勝しました。291議席を獲得しました。あれから安倍政権は新しい段階に入って、安倍首相がやりたいことを本格的にやろうとしています。今日は安倍政権が一番やりたいこととしている“集団的自衛権”のお話をしたいのですが、まず安倍政権とはそもそもどんな政権なのかを考えてみたいと思います。その上で、何故、安倍政権は集団的自衛権を執念を持ってやろうとしているのか、どんな日本を創ろうとしているのかを次に話します。私はそのような安倍政権の政治は日本とアジアを本当の意味で平和で豊かにすることはないと思っています。そこで安倍政権の政治を止めて憲法の生きる日本や地域をつくっていくためにはどうしたらいいのかということを最後に考えたいと思います。
 
1 安倍政権とはどんな政権なのか?何を目指している政権なのか?
 安倍政権は歴代の自民党政権、民主党政権とは違う性格を持っています。何が違うか。日本の中では今誰が総理大臣か誰でも知っていますが、今までアジア諸国でも、特にヨーロッパやアメリカでは殆ど知られていませんでした。ところが安倍首相は結構有名でよく知られている。タイムというアメリカで有名な雑誌の表紙を、去年の4月頃、安倍首相が飾りました。そういった雑誌がThePatriot“愛国者”という特集を組むほどよく知られています。必ずしもいい意味で有名であるのではないが、とにかく有名です。しかも、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、日本の財界人の中で、安倍政権の評価は大きく分かれています。アメリカでも、安倍って怖い奴、戦前の日本のようにアメリカやヨーロッパに歯向う奴、ふたたび日本をアジアのならず者にしようとする「タカ」派の総理大臣と見ている意見と、いやそうじゃない、アメリカと一緒になって国際的な責任を果たそうとしている立派な総理大臣だという意見に分かれています。
 日本の中でも結構評価は分かれています。去年の7月1日に集団的自衛権行使に関する閣議決定が行われましたが、朝日、毎日と東京新聞は集団的自衛権行使閣議決定反対の社説を書き、読売、日経と産経は賛成と書きました。このように大手メデイアは真っ二つに意見が分かれました。
 このように意見が分かれるのは何故でしょうか。国民の中だけでなく、財界やアメリカにおいても、安倍は良い奴だ、悪い奴だと評価が分かれる理由は、安倍政権というのは普通の政権とは違って、2つの顔を持っているからだと私は考えています。
 
(1)  安倍政権の2つの顔
(a)アメリカ、財界待望の政権としての顔
 一つの顔は、財界やアメリカにとって、こんな素晴らしい総理大臣はいない、待望の総理大臣だという顔です。それは何故でしょうか。
 大体25年前に冷戦が終わったあたりから、アメリカや財界、保守支配層は、日本の政治に対して、2つの「改革」を求めるようになりました。1つは、憲法9条のもとでは自衛隊は戦争が出来ない、アメリカ軍と一緒になって海外に行くことも、アメリカの戦闘に協力することもできない。これでは世界の自由陣営、大企業が世界で活動する、そういう世界を守ることが出来ない。自衛隊を海外で戦争できる国にしたい。それを阻んでいる憲法を変えて、自衛隊もアメリカ、イギリス、フランスや中国など普通の国の軍隊と同じように、海外で戦争できるように、国益を守るために頑張る、こういう体制を作りたいというのが1つです。
 もう1つは、冷戦が終わって世界が大きく広がり日本の大企業がいろんな所で活躍するようになり、競争しなければならなくなってきました。世界で競争するとなると、下手をして失敗すると、どんな大企業といえども潰れてしまう。例えば、日産自動車が1990年代に海外進出に失敗して、ゴーンというフランス人が社長になる事態が起りました。日産はものすごく大きな会社です。こんな会社が潰れるなんて言うことはこれまではなかったことです。世界を股にかけて競争しだすと、もし中国で競争に負けたりすると潰れてしまう。そこで日本政府や財界は、とにかく日本の大企業が世界での競争に勝てるように、大企業にもっともっと大儲け出来るような体制にする改革が必要になりました。これは日本語では“構造改革”と言われています。
 この2つのことを是非ともやって欲しいとアメリカや財界は保守政権に要求し続けました。しかし歴代の自民党政権も民主党政権もなかなか上手くいかなかった。例えば、自衛隊を海外で戦争できるようにということでは、一番頑張ったのが小泉純一郎首相です。小泉政権の時に9.11のテロに対して、一緒に頑張るんだと言って自衛隊をインド洋へ初めて派遣し、次いで2004年イラクのサマワという所に自衛隊を派遣しました。しかしイラクに派遣された日本の自衛隊は、アメリカと一緒になって「共に血を流す」ことは出来なかったわけです。憲法に縛られていたので自衛隊は一発の銃弾も撃てなかった。  
 そこへ安倍首相が登場し、アメリカの戦争に日本も武力で加担することを閣議で決定しました。これまで何度アメリカが言ってもやってくれなかったことを安倍首相は遂にやった。それから戦後70年になりますが、日本の政府、自衛隊が欲しくてしょうがなかった法律があります。それが“秘密保護法”、すなわち軍隊の秘密、国家の秘密を守るための法律です。戦前の日本には沢山の秘密法があり秘密保護法の天国みたいな国でした。
 ところが、戦後は憲法9条により軍隊を持たない、軍隊を持たないのだから軍事機密はないということで、秘密保護法を持ったことがありません。世界の大国の中で秘密保護法を持っていない国は恐らく日本だけです。日本政府は欲しくて欲しくてしかたがありませんでした。中曽根首相を始め何度も秘密保護法を作ろうとしましたが失敗しました。ところが安倍首相はそれをやってくれました。
 また、戦後日本には、国防戦略もなかったのですが、これも安倍首相はつくった。国防戦略というものは、戦前は毎年出していたのですが、戦後の日本では国防戦略というものはありません。アメリカだって、中国だって、ロシアだってどの国も国防戦略を作って、敵国はあそこだとして、そのためには軍隊をどれほど大きくしたら良いかとういう戦略を作っています。日本は政府がいくら欲しがっても国防戦略は作れませんでした。それは憲法で日本は戦争を放棄しているからです。軍隊も自由に海外に派兵することはできないから、国防戦略もできなかったのです。ところが安倍首相は2013年12月13日に戦後日本で初めて国防戦略を作りました。
 ですから安倍首相はアメリカにとってもう最高の人間が出て来たなあ、いよいよ日本もアメリカと一緒になって血を流す国になる、という期待に応える政権なんです。
 3.11の後、原発の再稼働を財界は要求しました。しかし何度世論調査をしても、原発再稼働反対の世論が多い。民主党政権も再稼働は出来なかった。ところが安倍首相はどんなに反対が多くても原発再稼働はやる、不退転の決意でやろうとしています。
 一番大きいのは消費税の引き上げです。消費税に関係した歴代の自民党や民主党の総理大臣は国民の反対で全員辞職を余儀なくされました。ですから、どの総理大臣も頭では、消費税を引き上げて大企業の減税をすべきということは解っている。消費税を上げて大企業の税金を減らせと財界からずっといわれているが、消費税を上げれば国民の怒りを買って自分の政権が潰れてしまうから、総理大臣はみんなやりたくない。菅首相はやるといったとたん選挙で負けてしまい、野田首相もやると言ったがやれなかった。ところが安倍首相は強い反対にもかかわらず、8%に上げてしまいました。
 それからTPPです。これをやると日本の地域経済は無茶苦茶になる。アメリカやオーストラリアから色んな農産物が入ってくる、その代わり日本の企業はアメリカに殴り込みをかけることができるということでTPPをやる。これも財界は求めたが、歴代の総理大臣はやってくれない。安倍首相はこれも不退転の決意でやってくれそうです。財界とアメリカにとってこれほど素晴らしい総理大臣はいません。そういう顔を安倍首相は持っています。
 
(b)歴史の修正主義、靖国に固執する顔
 しかし、安倍首相には、もう一つの顔があります。それはアメリカや財界が嫌がる顔、嫌がることをやる顔です。
 例えば、靖国神社参拝です。これはアメリカもオバマも絶対にやらないで欲しいと言っていたことです。アジア・太平洋地域において安定してアメリカの企業が事業をやろうとすると中国と仲良くしなければ駄目なんです。中国が一番警戒し恐れていることは、日本が再び戦前のようにアジアに侵攻してくる大国として登場してくることです。日本の首相が東条英機を始めとするA級戦犯、あの侵略戦争を遂行した指導者が祀られている靖国神社へ参拝するということになれば、中国の人々にとっては、今度の日本の政府は、先の侵略戦争を正しいと考えているのか、ということになります。ですからアメリカ政府は絶対安倍には靖国神社へ行って欲しくない。いろんなルートを通じてやっていたが安倍首相は行ってしまった。
 また、日本の財界人にとっても安倍首相は、消費税は上げてくれるし、原発再稼働はやってくれるし、こんな素晴らしい総理大臣はいない。しかし2度と靖国神社へは行かないで欲しいと日本の財界人も思っているのです。
 日本の大企業3万社が、いま中国に行って活動しています。大手の企業の幾つかは日本で儲かるお金より中国で儲かる金のほうが多いくらいになっています。中国には13億人の人がおり、日本の人口が1億3千万ですから、10倍いるんです。富裕層が大体1割いるといわれていますので、1億3千万がおり、巨大市場なんですね。日本の企業が、スーパー、コンビニ、レストランだけでなく、トヨタ、ホンダ、日産にしても、パナソニックにしても、中国で物を作る、中国で工場を作った時に、中国人を雇い労働者として働いてもらっています。私たち日本人は中国に対する侵略戦争やアジア・太平洋戦争はもう70年も前の話ですごく前の話だと思っていますが、日本の侵略により殺された人々を肉親に持っている中国の人々にとっては、英語でいえばonly yesterday という出来事です。
 こういう時に日本の総理大臣が靖国神社に参拝するということは、いったいどういうことなんだということになります。ですから財界の人も靖国へ行って欲しくないわけです。ところが安倍首相は靖国参拝に行ってしまった。
一方では安倍首相は財界やアメリカにとって素晴らしい総理大臣ですが、他方では本当に困った人であることになる。このように二つの顔があるので、いったい安倍は良い奴なのかどうかということで、意見が一致しません。
 
(2)どうして安倍は2つの顔を持っているのか?
 しかし、安倍首相の中ではこの2つの顔は統一していると思います。安倍首相は、歴代の日本の政権の中で初めて、日本をアジアの中で、戦前の日本とは言わないが、大国、軍事大国にしたいという野望を持っています。もしこのような野望を安倍首相が持つとしたら、第一の顔はもちろん必要です。アメリカに言われなくても集団的自衛権を行使して日本の軍隊を国益を守るためにどんどん海外へ出かけて行くという体制を作らないと大国なんて出来っこないと考えています。
 経済では日本は大国です。中国に次いで世界3位の経済大国ですけど、安倍首相、いな日本の首相は、憲法に縛られて、軍事的に自衛隊を自分の手足のように動かせない。オバマだって、習近平だって、自分の国の軍隊を動かせる。安倍首相は悔しい思いをしていると思います。
 例えば、シリアの問題やウクライナの問題で、それらの問題でどうするんだという時に、オバマはまずイギリスやフランスのオランドに電話し相談する。プーチンには「断固とした行動をとる」と電話をし、習近平には「中国はロシアに味方をしないでNATOと一緒になってやって欲しい、少なくとも黙っていて欲しい」と電話する。しかし安倍首相にはオバマから電話がかかってこない。それは何故か?それは日本の自衛隊は憲法上動かせないからです。いくらオバマが安倍に電話をかけても、自衛隊がウクライナへ行くことはないのです。だから電話しても仕方がない。これが安倍首相にとって悔しいのです。自分たちが、日本が大国として認められていない。これは憲法で自衛隊が軍隊として海外で戦争をする自由がないからだ。他の国はみんな評価されているのに。アメリカに言われなくても戦争をする国になりたい。
 また、大企業の経済が発展しないと軍事大国にはなれない。なぜ中国があれほど大きな軍事大国になれたのかといえば、25年間連続して10%以上の経済成長し、軍事費を使っても十分おつりがくるようになったからだ。しかし日本は景気が低迷して、14年連続で防衛費が下がってしまっている。これでは駄目だといって安倍首相になってから防衛費は3年連続して上げられました。とにかく軍事大国になるには経済を強くしないといけないから財界に言われなくても、構造改革はやる。
 他方、アメリカや財界がいかに嫌がろうと日本の歴史の見直しをやらなくてはならない。国民意識を変えなくてはいけない。戦後の日本の国民意識の中で、私たちの中にも、若い人たちの中にもある国民意識の中で一番強いのは、「日本は2度と再び戦争をしたくない」、「日本は海外で武力を行使したくない」、こういう考えについては右であろうと左であろうと多くの人が一致して持っている。しかし、こんな考え方では日本は国益を実現するためなら場合によっては武力を行使する大国なんてとてもなれない。こんな日本人の意識は変えないと駄目だ。あんな悲惨な戦争は2度と繰り返したくない、というが、負けたから悲惨なんだ、勝てばよかったんだ。「侵略と植民地支配」、そんなこと言って、70年も経ってまだ謝らなければならないのか。−−こういう思いが安倍首相の中にはあります。
 軍事大国になるにはどんなにアメリカがお願いしても財界がお願いしても、靖国へは断固としていくし、歴史の見直しはしなくちゃいかん。子ども達に教えるためにまず教科書を変えないと駄目だ。戦後70年決議でまた村山談話のように植民地支配とか侵略とか言っていたらいつまでもプライドは傷ついたままだ−−こういう形で、安倍首相は軍事大国を実現しようとしています。
 
(3)アメリカ、財界の切り札としての安倍政権
 このように一見すると安倍首相というのは財界とかアメリカと矛盾するような面を彼の中に持っています。そこで財界やアメリカは困った。一体安倍はどうなのだという意見が強かったのですが、去年の春頃から財界もアメリカも決断をしました。安倍に任せるしかない。安倍にやらせなければ、消費税も上げられない、原発再稼働もできない、TPPもできない。これだけ反対が強い中でやってくれるのは安倍だけだ。何といっても集団的自衛権、戦後70年どの総理大臣もできなかったことを彼はやってくれる。これはもう安倍に頼らざるを得ない。これがアメリカの決断です。
 オバマは“人権と自由”を掲げて登場しましたから、安倍が第2次世界大戦の歴史を見直そうとか、慰安婦問題で言っていることに対して、個人的には、嫌な奴だと思っているはずです。そんなオバマ大統領が去年4月26日に来日して日米共同声明を出した、アメリカが日本の改革、とりわけアメリカの戦争に協力してくれる日本づくりには、その嫌な安倍に託するしかないと決断したからだと思います。
 また財界も安倍政権に期待するに至りました。日本の財界の総本山は日本経団連です。日本経団連の去年4月までの会長は米倉弘昌という住友の会長です。米倉会長は靖国神社参拝に反対でした。安倍首相は一度も米倉会長と個別に話すことはなかった。昨年、経団連会長はその米倉から、東レ会長の榊原定征氏に代わりました。東レは、昔は東洋レーヨンといって繊維会社でしたが今は軍事産業もやる会社です。榊原氏が会長になってからは、日本経団連は全面的に安倍首相を支援するようになりました。
 その象徴的なことは、日本経団連が去年9月に22年間停止してきた自民党に対する政治献金を復活させたことです。1993年まで財界は自民党へ政治献金していました。献金額は100億円でした。1993年の政権交代以降これが止まった。それを榊原会長は復活させました。
 こうしてアメリカも日本の財界も全面的に安倍首相をバックアップするに至りました。個人的にどう思おうと、とにかく安倍によって軍事大国化、「戦争する国づくり」と「構造改革」、大企業本位の日本をつくって行こう、もう安倍に託するしかない、これが今の安倍政権の状態です。
 ですから安倍政権というのは、容易ならぬ政権です。保守支配層のかってない支持を獲得している政権だということを見ておく必要があります。安倍政権を支えているのはタカ派の「お友達」だとよく言われます。また第1次安倍政権と同じようにまた何か起こるのでは、早く起こって欲しいと思っている方がいるかも知れませんが、それは間違いです。今度の安倍政権は本当に“この人しかいない”と出てきた内閣です。
 
2.安倍政権はなぜ集団的自衛権に固執するのか?
(1)冷戦終焉以来25年におよぶアメリカの圧力に応える
 安倍政権になってからもう2年です。集団的自衛権という言葉を知らなかった人も沢山いたわけですが、急にマスコミでも、NHKでも、新聞でも報道されています。そのため、集団的自衛権をやろうとしているのは安倍の個人的なタカ派志向の産物だ、集団的自衛権などは、安倍が言い出したものだ、と思っておられる人が多いと思いますが、これは間違いです。
 集団的自衛権は安倍首相が言いだしたことではありません。日本がアメリカと一緒になって戦争が出来る国になって欲しいという要求は今から25年前、冷戦が終了した時からアメリカが言い続けてきたが出来なかった、アメリカの悲願です。安倍政権の特徴は、集団的自衛権を言い出したことではなく、それをやってのけるところにあります。歴代の総理大臣の誰もが出来なかったことをやってのけるということです。安倍の個人的志向で集団的自衛権行使容認をやっているのだという論調が非常に強いように思われます。
 しかし、実際には、そうではなくて、安倍政権がやろうとしていることは、これまでの政権がやろうとしても出来なかったことだということを見ておく必要があります。
 では何故25年前に集団的自衛権行使すなわち自衛隊が海外で戦争をすることが問題になったのでしょうか。25年前に冷戦が終結しました。冷戦時代には、ソ連や中国と、アメリカを盟主とする西側陣営とが対立しており、アメリカや日本の企業も自由陣営と言われている地域すなわちアメリカと日本とヨーロッパと東南アジアでしか活動できませんでした。どんなに儲かると思っても中国には絶対入れなかったしソ連にも入れなかった。インドにも入れなかった。
 冷戦が終わって何が変わったかというと、世界のどこででも日本の企業が活動できるようになったことです。冷戦が終わって、ソ連、東欧が崩壊して、6億人の市場に企業が大々的に入れるようになりました。一番大きいことは世界の企業にとって夢のような人口13億人の中国へ日本の企業やアメリカの企業が入れるようになったことです。冷戦時代には、せいぜい10億人の中で活動していた日本やアメリカの企業が一気に世界全体の50億人という市場で活動できるようになったわけです。
 そういう夢のような世界が開けたのですが、新たに拡大した50億人の市場世界はいまでもそうですが危険なんです。いつテロが起こるかもわからない。独裁政権がありますから、独裁政権が倒れていつ日本の企業、アメリカの企業が追い出されるかわからない。それからいつ戦争が起こるかもわからない。
 そのため、新たな市場で大企業が安全に活動できるように、アメリカが世界の警察官としての役割を果たさねばならない。例えばイラクのフセイン政権が、企業の活動に妨害的な政権であれば、場合によっては武力でもって倒し、アメリカの企業や日本の企業が自由に活動できるようにしなければならない。アフガニスタンのタリバン政権がならず者であれば、武力ででも倒して、企業が自由に活動できるようにしなければならない。このように日本やアメリカの企業が自由に活動できる世界にするためには世界の警察官、憲兵が必要です。
 アメリカがやろうと手を上げた、しかしアメリカは、アメリカだけでやるのはいやだといったのです。なぜなら日本の企業はアメリカの企業が進出するところにどんどん進出している。世界を股にかけて活動した結果、トヨタは世界第一の売上高を誇り世界一の自動車産業になった。
 アメリカにしてみれば、アメリカの青年が血を流して、イラクと戦争する、アフガニスタンと戦争をする、アメリカの青年の血を流して得た新しい秩序、安定した市場、その秩序の中に、コソ泥のように日本の企業が入ってきて、日本の企業がアメリカの企業を脅かしていることに腹を立てました。
 「ふざけるんじゃない。お前ら本当に儲かりたければ、ともに血を流せ、ともに汗をかけ、一緒になって汗をかき血を流してこそ日本の企業も入れるんだ」、「ただ乗り(free ride)は許さない」、とアメリカは猛烈な圧力をかけてきたのです。すなわち集団的自衛権を認めてアメリカの戦争に協力しろ、憲法があって出来ないのなら憲法を変えろ。とアメリカが圧力をかけてきた。湾岸戦争あたりが画期です。
 自衛隊の海外派兵を求めたのは、アメリカだけではありませんでした。日本の財界人も、「アメリカの言う通りです、日本の企業が世界を股にかけて活動するためには自衛隊に頑張って貰わないといけない、自衛隊が米軍に協力することによってアメリカが日本の企業を守ってくれることが重要だ」、といいはじめた。
 しかし当時の自民党政権は、はいそうですかとは言えなかった。なぜ言えなかったか、憲法9条と政府の解釈が許さなかったからです。
 
(2)海外派兵に憲法9条とその解釈がその障害物として立ちはだかった
 それではどうして日本だけが憲法9条と政府の解釈で自衛隊を海外へ派兵できないのかということを見ましょう。日本だけにどうしてそんな解釈があったのか、ということが問題になります。
 自民党政権は前から「戦争はしない、軍隊を持たない」という憲法9条を疎ましく思っていました。憲法9条さえなければ日本は軍隊を自由に派兵して国益を守ることが出来る、と。
 
(a)明文改憲が60年安保闘争で潰された
 そこで、自民党は講和の直後の1950年代に憲法を改悪しようとしました。憲法を変えて正々堂々と軍隊を持てる国にしようとしたのです。
 ところが、その試みは、1960年の安保闘争でものの見事に失敗しました。時の首相岸信介は、安保条約を改定してアメリカと日本が共同作戦が出来るようにしようとしました。それを本当にやるためには日本の軍隊も海外へ行ってアメリカを支援し、日本が外国に攻められたらアメリカが助けてくれる、すなわち集団的自衛権行使ができるようにしなければならない。そのためには憲法を変えなければならない、という理屈で、安保条約改定のあと、改憲に踏み込むつもりだったのです。しかし、安保条約の改定は強行されてしまいましたが、安保反対闘争の昂揚で、岸内閣は潰れてしまいました。
 なぜ潰れたのか。戦争が終わってまだ15年、多くの日本国民は、戦争を経験していたので、2度とあのような悲惨な戦争をしたくない、今度は自分たちが侵略の銃をとり、しかもアメリカの手下になっていくということに対して非常に強い反対が起こりました。その結果岸内閣は、安保条約の改定は強行採決で通しましたが、総辞職を余儀なくされたのです。自民党の政治家たちは、岸内閣が追求したような復古的政治を強行しようとすると、岸内閣のみならず、自民党政治そのものが潰れてしまうかも知れないと怖れました。その後の歴代の自民党政権は、憲法の改正はしないと改憲を封印しました。それが、自民党政権が長期に保たれていった、大きな理由にもなります。
 
(b)憲法9条の下における自衛隊の合憲化のための憲法解釈が必要
 困ったのは自民党政府です。戦争を放棄し軍隊を持たないという憲法を変えられなかったため、「憲法9条の下でも自衛隊は持てるのだよ」と憲法の解釈をやらざるを得なくなったからです。
 ではどんな解釈をしたのか。「憲法には確かに戦争は禁止、軍隊は持たないと書いてある。しかしどこの国でも、侵略されたら黙って殺されることはない、侵略されたらそれを撃退する権利を持っている。すなわち自衛権を持っている。『自衛権を持っていると言っても力がなければ自衛できない。自衛権を行使するための実力を持ってもいいはずだ。』しかし日本の憲法は軍隊を持ってはいけないといっている。侵略されたら撃退する自衛権行使の実力は軍隊にならないような小さなものでなければならない」。それを政府は「自衛のための必要最小限度の実力」は持ってもよいと表しました。これは憶えておいて下さい。自衛隊は必要最小限度の実力だから持っても良いのですよという「解釈」で誤魔化そうとしたのです。
 しかし、安保闘争に立ち上がった国民、社会党、共産党の人々は、こうしたまやかしの解釈に納得せず、自衛隊はアメリカに従属する違憲の軍隊だと、政府を追及しました。
 当時社会党は国会で160議席を持ち、共産党は2議席しか持っていませんでしたが、国会で追求しました。自衛隊は自衛のための必要最小限の実力などではなくて、アメリカ軍に協力してベトナム侵略戦争を戦う違憲の軍隊だと追及したのです。
 社会党や共産党だけでなく、1964年に創価学会を基盤に公明党という新しい政党ができましたが、この公明党は平和の党、福祉の党ということで登場したので、自衛隊を違憲だとまでは言っていないが違憲の疑いがあるとこれまた、国会で政府を追及しました。
 
(c)政府は自衛隊の活動に制約をかけて自衛隊の合憲性を説得
 その結果、政府は自衛隊が合憲というために、自衛隊の行動をいろんな形で制約して、社会党、共産党、公明党の追求を逃れようとしました。2つあるのですが是非覚えておいて欲しい。
 一つは、自衛隊は侵略された時に反撃する最小限度の実力なので、「海外に行かない」、海外へ兵を出すと軍隊になってしまう。最小限度を超えてしまうので「海外派兵はしません」という解釈です。今でも続いている解釈です。その延長線上で、自分の国が攻められたら反撃する権利、これを個別的自衛権と言っています。個別的自衛権はあるが、アメリカの戦争に日本が協力してその代わりにアメリカも日本を守ってくれという「集団的自衛権」はみとめない。アメリカの戦争に協力するというのは自衛のための必要最小限度を超えているので自衛隊はやれませんという解釈も確立しました。
 当時、自衛隊の行動を制約した解釈はもう一つありました。それは、自衛隊は、侵略戦争をしない、海外で武力行使をしないだけでなく、「戦場にもいきません」というものです。
 当時アメリカはベトナム戦争を戦うために日本に自衛隊を送れと強くいってきました。当時ベトナムにはアメリカだけでなく、韓国、台湾、フィリッピン、オーストラリア、ニュージーランドの軍隊もアメリカとの集団的自衛権で行きました。アジア太平洋地域のいわゆる自由主義陣営、反共諸国の中で行かなかったのは日本だけでした。それは、自衛隊が戦場に行ったら自衛のための最小限の実力の行使の限度を超えてしまうから、です。当時佐藤内閣は、自衛隊は合憲です、必要最小限の実力です、と国民に約束している手前、ベトナムに派兵しろとアメリカに言われても、行けなかったんです。本人は泣く泣くだと思いますがアメリカの要請を断わった。
 このように、自衛隊は海外で武力行使できないだけでなく戦場にも行けない、このように自衛隊の活動を制約することで、自衛隊の合憲性を主張したのです。
 しかし、こんな解釈があったら絶対に自衛隊は海外へ行けないじゃありませんか。幾ら、アメリカに「ともに血を流せ」と言われても、血を流すどころか、汗を流すこともできなかったのです。
 
(3)90年代以降の自民党政権の自衛隊海外派兵の試みとその限界
(a)小泉政権の自衛隊イラク派兵の論理
 海外派兵もしない、集団的自衛権行使も出来ない、戦地へも行けない。これが自衛隊が合憲だというために政府が行った解釈でした。これを50年間守ってきた。
 しかしこんな政府解釈のもとでは、アメリカの圧力に応えることはできない。これを変えなくてはいけないというので自民党政権が始めたのが憲法の改悪と政府の憲法解釈を変える、ということでした。しかし50年間ずっと続けてきた政府解釈ですからアメリカに言われたからといって急に変えることはできません。自民党政権は困りました。憲法を改悪すれば良いのですがそんなことをやったら、安保の時のように50万人の人が立ち上がってくるに違いない。
 これは怖いから出来ない。そこで、9.11テロ事件のあと、アフガニスタンに軍隊を送り、日本にも派兵を要求してきたブッシュ政権の求めに応じて、小泉政権は、解釈を変えないで自衛隊を海外へ手品のような方法で出動させました。“自衛隊は海外派兵させません、しかし派兵というのは何なのでしょうか、派兵というのは自衛隊が海外へ行くことではありません、自衛隊が海外で戦争するために行く、これが海外派兵です、だけどインドネシアの地震やフィリッピンの台風の時に自衛隊が行きました、これは人道復興支援や救助の目的で自衛隊を出すのですから派兵ではありません、派遣です。”派兵と派遣の区別論です。派兵は駄目ですが派遣は良いのだと。こう言う理屈で自衛隊のイラク派兵を強行したのです。
 
(b)自衛隊のイラク派兵の限界―憲法による制約
 イラクへ自衛隊が行くのは決して戦争に行くのではなく水を造りに行くのです、といって行ったわけです。
 しかし自衛隊には、他国の武力行使と一体化した活動はできない、すなわち戦場に行ってはいけないという制約もありました。そこで小泉首相はこういいました、「イラク全土が戦場じゃありません。戦場である部分と戦場でない部分とがまだら模様になっている。サマワは戦場じゃありません」と。「イラク全土が戦場じゃないか、なんでサマワは戦場でないと言えるのか」との民主党の岡田克也氏の追求に対して、「自衛隊が行っているからです、自衛隊は戦場にはいけません。その自衛隊が行っているので、サマワは戦場ではありません。」と訳のわからないことを言って行ったのです。
 しかし、ブッシュは喜ばなかった。「お前らなんだ子供の遊びじゃないんだぞ、イラクに来てくれと言ったのは、ともに血を流せ、ということだぞ、武装勢力とともに戦えといったのに」、と。実際、サマワへ行った自衛隊は一発の銃弾も撃てなかった。つまり憲法は自衛隊をそこでも縛っていたのです。ですから自衛隊はサマワで水を造り続けた。そしてサマワで攻撃されると自衛隊は自分で反撃できませんからイギリス軍とオランダ軍が守ったのです。だからブッシュは怒ったわけです。足手まといだと。
 自衛隊のイラク派兵は、政治的には有効であるが、日本の自衛隊は役に立たない。憲法を早く改悪しろ、という要求が、皮肉にも自衛隊のイラク派兵の直後から出てきたのです。
 これは余談ですが、イラクの国民はいまだに、日本の自衛隊はアメリカ軍やイギリス軍などの多国籍軍とは違う、と思っているそうです。どこが違うかと言えば、日本の自衛隊はイラクの人を殺さなかったということです。やっぱり多国籍軍とは違うんだと。これは決して自衛隊が好き好んでやったことではなく、憲法に縛られていたからできたことです。
これを突破しなければということで、憲法改悪の動きを始めたのが第1次安倍政権でした。
 
(c)第1次安倍政権の明文改憲の策動も九条の会の運動の力で挫折。
 ところがやっぱり自民党が恐れていた通り、安倍政権に対して反対運動が起こりました。2004年6月、九条の会ができました。九条の会は、今では全国で7500以上作られています。安保闘争の時のように、国会デモ、50万人とかのデモはやりませんでした、非常に地味な活動、地域で講演会や9の日行動などをやっていますが、この活動が国民の世論を変えました。
 小泉がブッシュにどやされて改憲をしなければと考えたのが2004年、この年に九条の会は誕生しました。この年の読売新聞の世論調査では、3分の2の多数の人が改憲に賛成だったのですが、九条の会がどんどん出来て国民の世論がじわっと変わってくる2008年、九条の会が7000を突破した年には、読売新聞の世論調査では改憲賛成と反対が逆転してしまいました。
 以上のようにふり返ってみると、第2次、第3次安倍政権の集団的自衛権行使容認の動きは、決して、安倍の思いつきに過ぎないわけではありません。今までやろうとしてどうしてもできなかった集団的自衛権、これを突破しなければということが安倍首相の執念として出てきていることを見のがしてはなりません。
 アメリカはアフガニスタン、イラクで戦い続けて財政破綻に陥っており、またアメリカ国民になぜこれ以上アメリカの青年の血を流さねばならないのかというもの凄く強い反戦意識があり、オバマは戦争をしたくないのです。だけど世界の覇権者としてのアメリカの地位を揺るがすわけにはいかないので、日本人にアフガンやイラクに行かせる、これがオバマの肩代わり戦略です。この意味でも安倍首相の執念がいかに強いものであるかを見なければなりません。
 
3.安倍政権はどんな国をつくろうとしているのか?
(1)安倍政権の「戦争する国」づくりの3つのねらい
 では、安倍政権は、戦争する国づくりのためにどんなことをやろうとしているのでしょうか。次にそれを検討しましょう。安倍政権の戦争する国づくりには3つのねらいがあります。
 
(a)ねらい1 あらゆる場合に自衛隊の海外での武力行使の自由を獲得すること
 第一番目のねらいは、政府の解釈を変えることにより、どんな場合でも自衛隊を海外へ行けるようにすることです。集団的自衛権行使もできる、海外派兵もできる、後方支援であれば、どこの戦場にも行けるようにするということです。
 今までの政府の解釈では、ベトナムの戦場あるいはイラクの戦場には日本の自衛隊は行けません。行って輸送したり、ガソリンを供給したり、食料を調達したり、アメリカ兵を運んだりする、それ自身は武力の行使ではなく後方支援と言われますが、後方支援も駄目だというわけです。なぜなら、「戦場に行って後方支援するということは、他国の即ちアメリカの武力行使と一体化した活動になってしまう。武力行使と一体化した活動はやってはいけない。だから戦場には行ってはいけません。」といっていました。後で必ず大事になってくるので、この「武力行使と一体化した活動」という言葉を憶えておいて欲しいと思います。
「武力行使と一体化した活動はやってはいけない。だから戦場には行ってはいけません」といっていたが、これも変える。
 こうして、今まで自衛隊の活動を縛っていた政府解釈を抜本的にひっくり返すために、安倍首相はお友達を集めて安保法制懇という懇談会をつくりました。ここで報告書を出して、政府の解釈を変えようと決めました。
 安保法制懇にあらゆる場合に海外派兵が出来る、集団的自衛権の行使ができる、武力行使と一体化した活動ができる、つまり戦場にも行ける、と言ってもらい、それを閣議決定にする、というのが第一のねらいです。
 だけどこれだけでは戦争は出来ません。
 
(b)ねらい2 自衛隊をアメリカ軍と共同作戦可能な侵略の軍隊につくりかえること
 自衛隊自身を侵略の軍隊にしなければならない。自衛隊はすでに十分大きく、防衛費でいうと世界有数です。しかし自衛隊は私たち市民の反対と憲法に縛られて侵略の軍隊とは言えないところがある。
 アメリカが早く作れといい、安倍首相も作りたいと思っているのは、海兵隊です。海兵隊はどこの国にもあります。海兵隊というのは、陸軍、海軍、空軍とは別の組織で、陸海空の装備を全部持っているのが海兵隊です。なぜ陸海空の装備を全部持っているのかというと、侵略軍が最初に上陸するときに、陸軍だけでも、海軍だけでも、空軍だけでも出来ない。この3つを兼ね備えて侵略のための尖兵として活動するのが海兵隊です。このアメリカ軍史上最強の海兵隊の基地が普天間です。海兵隊というのは陸、海、空とは違ってまず侵略戦争にあたっての拠点をつくり、そこへ陸軍、海軍が半年ぐらいかけ補給して、本格的な戦争をやる。これが戦争をやる時の常道なんです。中国軍も、アメリカ軍も、ロシア軍も、海兵隊を備えています。例えばアメリカ軍がイラクを攻撃した最初の上陸部隊は海兵隊でした。そういう意味で海兵隊というものは侵略軍の象徴みたいなものです。
 自衛隊は「自衛のための必要最小限の実力」なので、海兵隊がないのです。アメリカとしては、一緒に戦争するのに日本に海兵隊がないのはまずいので海兵隊を作れと。安倍首相はこれもやりました。これが第2のねらいです。
 安倍首相は自衛隊を海外で侵略できる軍隊に変えるために2013年12月に「防衛計画の大綱」を変えました。自民党の「新防衛計画の大綱策定にかかる提言」(2013年6月4日)のほうがより露骨に書いてあるので、資料には、自民党の提言の方を入れておきました。
 政府は自衛隊を侵略できる軍隊へ変えたいのですが、海兵隊をつくるというと国民の中には海兵隊=侵略の軍隊ということを知っている人も多いので、海兵隊という言葉を使いたくない、そこで防衛計画の大綱の中には何と書いてあるのか、これから新聞などでも出てくるので憶えておいて欲しいのですが、「水陸両用部隊」という言葉を使っています。自民党の提言の方では「海兵隊」とはっきり書いています。
 
(c)ねらい3 アメリカ軍の戦争に加担する国内体制をつくること
 しかし「海兵隊」をつくってもそれでもまだ戦争は出来ません。第3のねらいが必要です。例えば戦争をするには秘密保護法が必要です。秘密保護法がないと戦争は出来ない。憲法についての政府解釈を変えて自衛隊はいつでも行けますよ、とする。侵略の軍隊も作りました、だけどその自衛隊が、例えば自衛隊がアメリカ軍と協力して朝鮮半島へ攻め込む時に、イージス艦、オスプレイ、レーダー等を使って日本が集めた情報を日本の自衛隊は分析できません、なぜ分析できないかといえば、戦争をしたことがないから分析するための情報がないのです。得られた情報はすべてアメリカへ送ります。そして、アメリカから分析結果を教えてもらわねばなりません。しかし、アメリカもオーストラリアも分析結果を日本へ教えないと言っているのです。日本には秘密保護法がないじゃないか。アメリカでは戦前の日本と同じで秘密を漏らすと最高死刑です。そんなに重い法律でもって防衛秘密を保護しているのに、日本では秘密保護法がないから、秘密を教えるとマスコミに漏れてしまう恐れがあるので教えないといっている。アメリカ軍と日本の自衛隊が共同で作戦するのには日本に秘密保護法が絶対に必要なのです。
 それから戦争をするには戦争指導部がないとできません。どこの国でも陸軍と海軍は仲が悪い。軍部と外務省とは仲が悪いですね。戦前の日本では海軍と陸軍は本当に仲が悪くて海軍で作った飛行機の秘密は陸軍に教えなかった(ゼロ式戦闘機というのは海軍が作ったのですが陸軍はその技術を学ぶことが出来なかった)、海軍で集めた情報は陸軍には知らせず、陸軍で集めた情報は海軍には知らせなかった。アメリカでも陸軍と海軍の仲も悪く、戦争をするときには、陸海空3軍の調整会議が必要になる。戦前の日本ではその役を天皇(御前会議)がやったんですが。アメリカではその調整のために、1947年に国家安全保障会議(NSC)がつくられました。そこで、大統領の下に陸軍、海軍、空軍、国務省が集まって戦争指導をやるのです。この戦争指導部がないと戦争は出来ません。
 一昨年の12月に安倍首相はこれを作ってしまった。日本版NSCという言葉を聞いたことがあると思いますが、NSCというのはアメリカの戦争指導部でNational Security Counsel(国家安全保障会議)の略称です。これの日本版を日本版NSCと言いますが、これを安倍首相が作ったのです。
 安倍内閣は、この3つのこと、解釈を変え、軍隊を侵略の軍隊にし、インフラすなわち秘密保護法と戦争指導部と国防戦略を作る、この3つをやって、戦争をやれる国にしようとしたのですが、安倍首相は肝心の第1のねらいを実現することができませんでした。一昨年の参議院選挙に勝って、やろうとしたのですが出来なかった。
 
(2) なぜ安倍政権は「限定行使」論で閣議決定せざるを得なかったのか?
(a) 安倍政権の大きな誤算
 なぜそれが出来なかったのか。安倍政権には大きな誤算が生じたからです。市民の運動が安倍政権のもくろみに大きな狂いを生じさせたのです。特定秘密保護法に対する反対運動がそれです。
 安倍首相は最初に集団的自衛権の問題をやる前に、まず秘密保護法を通して、アメリカに対してこれで大丈夫ですよ、次に集団的自衛権を通して日本も戦争のできる国になりますよ、と言おうと思った。ところが、秘密保護法に対して安倍政権の意に反するような大きな反対の声が起こりました。
 マスコミも騒ぎ始めました。マスコミは秘密保護法で、日本が戦争する国になるんだといって反対したというよりは、秘密保護法は国民の知る権利を蹂躙する、これをやると目と耳と口が塞がれてしまうということで反対にまわりました。
 びっくりしたのは安倍政権です。私たちは、2013年12月6日に強行採決されて、非常に悔しい思いをしました。しかし安倍政権にとっても、これは大きな誤算でした。こんなに反対運動が起こるとは思わなかった。その結果何が起こったかと言いますと。例えば朝日新聞です。はじめ朝日は、集団的自衛権に対して殆んど関心を示さず、重視していませんでしたが、秘密保護法に対して反対の立場に立つようになると、変わってきた。そして安倍首相が同じ年の12月に靖国神社参拝に行った時に、これは危険なことではないかということで集団的自衛権についても批判的な色調で書き始めました。それ以来朝日新聞は一貫して集団的自衛権は危険だと考えています。
 安倍政権の最大の誤算は、マスコミが動き市民が反対する中で、自分の仲間である公明党が反対にまわってしまったことです。公明党は特定秘密保護法の時は安倍政権と一緒に共同で提案をしました。その公明党があまりに反対の運動が強くて、集団的自衛権をやったら日本が戦争をする国になってしまうということで、地盤の創価学会が反対する、今年の春の一斉地方選挙は、集団的自衛権を言ったら安倍の手先かといわれてしまい、闘えなくなるということで反対に回りました。
 困ったのは安倍首相です。安保法制懇であらゆる場合に戦争できるようにしようとしましたが、公明党がテコでも動かなくなってしまった。そこで安倍政権は泣く泣く大きな譲歩を余儀なくされました。
 
(b)集団的自衛権「限定行使」論に切り替えざるを得なかった
 その譲歩が集団的自衛権の限定行使論です。「限定行使論」というのは何か。安倍首相がもともと考えていた集団的自衛権というのはアメリカの要請に応じて地球の裏側にまで行って協力するというものでしたが、これでは公明党はウンといってくれない。そこで安倍政権は、「集団的自衛権を全部認めるというわけではありません。アメリカの戦争だからといって日本が協力しないでほおっておくと、日本の安全に重要な影響を与える事態が生じる場合にだけ集団的自衛権でアメリカに協力する。」これなら如何ですかと公明党に提案しました。これが集団的自衛権の限定行使論です。
 これはどういった場合かというと、例えば朝鮮半島で金正恩をアメリカが攻撃した時。これは十分あり得ます。韓国軍は当然一緒に行きます、だけどまだ日本軍は行かない、金正恩の北朝鮮は日本に対しては宣戦布告をしない、そういう状態の時に、集団的自衛権があるならアメリカが一緒になって闘おうといったら行くわけです。しかし今までの政府解釈では、アメリカと韓国が朝鮮半島で戦争をしても、日本は行かないのです。北朝鮮政府が日本を攻撃して初めて日本は、侵略されたら反撃するという個別的自衛権を発動することができる。しかし放っておいたら日本の安全に重大な影響を与える事態になる、日本がミサイルの標的になる、そういう時にはまだ日本が攻められる前に、集団的自衛権でアメリカに協力する。これが集団的自衛権の限定行使論です。
 これに対して安倍の自民党の中で強い反対が出ました。そんなことでは、また小泉のときのように、日本の安全に重要な影響を与える事態とは何かということをめぐって大騒ぎになって、結局集団的自衛権の行使ができないことになる、と反対したのが石破茂氏です。集団的自衛権を全部認めろと言った石破氏を安倍首相はクビにしました。公明党と一緒になるには石破氏をクビにする以外に無い。そして高村氏を登場させて、高村氏が限定行使論を提案して、公明党に納得させました。
 問題なのは安保法制懇報告書との整合性です。安倍首相がお友達を集めて報告書を作らせたのですが、この報告書はいつでも、なんでもできると言っています。こんな報告書を公明党に見せたら公明党は絶対に賛成してくれない。マスコミに洩れたら、戦争する国づくりだ、やっぱり自民党はこれなんだといわれてしまう。安倍首相は困りました。
 そこで安倍首相は安保法制懇を切り捨てることにしたのです。安保法制懇の報告が出た3時間後に記者会見をやり、自分が作らせた報告書の半分は間違いだった、これには私は反対ですといった。「お前が作らせた報告書なんだぞ、お前が作らせたのに作った報告書の半分は間違いだというのか」と思いますが。
 ではどの半分が正しいのかといえば、安倍首相が無理やり入れさせた文句があるんですね、それは「放っておくと日本の安全に深刻な影響を招くような事態の時には集団的自衛権を限定的に行使する」、ここの部分だけは賛成です、と言った。
 ではなぜ3時間後に記者会見をしたのでしょうか?この記者会見をやると、次の日の朝刊には記者会見の記事が大きく出るわけです。この記者会見をやらないと、安保法制懇の報告が大きく一面にでてしまい、公明党は絶対にウンと言えなくなってしまう。だから安保法制懇報告が新聞に出る前に記者会見をやって、おれは支持していないよといって公明党を安心させる。これが、安倍首相がやった苦労です。こんなことをなぜ安倍首相がやらねばならなかったのか。特定秘密保護法に対する国民の運動が大きく、事態を安倍政権の思惑通りに行かせなかったからです。
 この記者会見の5月15日の直後、19日から、与党協議が始まりました。新聞では、この与党協議を「閣議決定をめぐる攻防」と言っていますが、すでに決着はついていました。裏では一緒に握手をしていました。
 しかし、与党協議で、「日本の安全に重大な影響がある事態では集団的自衛権の行使が出来ますよ」というだけでは、じゃあ公明党は何をやっていたんだといわれます。そこで公明党は与党協議で自らの文書を作り、『これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合には集団的自衛権を認めます。』という長い文句に変えたのです。じゃあそれで行きましょうと、安倍首相も呑んで、7月1日に閣議決定がされました。
 
(c)7.1閣議決定の2つの側面を認識する必要がある
 これから7月1日の閣議決定を法律にするのですが、この閣議決定については認識すべき2つの側面があります。
 その1つの側面は、集団的自衛権は安倍首相の「譲歩」にもかかわらず認められたということです。公明党の山口代表は、「いやわが党の努力の結果、集団的自衛権は認められなかった」、と講演をして回っています。山口代表は、「閣議決定は安倍首相は集団的自衛権だと思うかもしれないが、そうではなくやられたらやり返すという個別的自衛権に毛が生えたようなものだ。何故かと言うと、わが国の存立が脅かされ、国民の生命自由及び幸福追求の権利が侵害されるという事態は、日本が攻められるという事態と同じなのだから、結局集団的自衛権とか言っても同じなのです。」と説明しています。一部の若手の憲法学者なんかも同じような評価をしています。新聞も政府も閣議決定で集団的自衛権を認めたと言って報道しているが、これは誤りだ、というのです。実は、個別的自衛権しか認められていない、と。これは安倍は馬鹿だと言っているのと同じですよね。安倍は騙されている、自分は集団的自衛権と思っていたが、公明党や頭の良い内閣法制局の策略に負けて、集団的自衛権とは認められていない、というのです。
 これは間違いです。集団的自衛権と個別的自衛権とでは大きな違いがあります。日本が攻められてもいないのに戦争を起こす、海外で武力行使をする、これが集団的自衛権です。攻められなければ自衛隊は絶対動かない、というのが個別的自衛権です。全然違いますね。閣議決定がどんなに長たらしい条件をつけても、攻められてもいないのに武力を発動する、集団的自衛権を認めたということははっきりしています。
 じゃあ、あの反対運動が起こって、集団的自衛権の限定行使論は何の意味もなかったのか、というとそんなことはありません。閣議決定がされただけでは、自衛隊は一歩も動けません。今年の5月、連休明けに、この閣議決定に基づいて、集団的自衛権のもとで自衛隊が動けるようにあらゆる法律、10数本の法律を変える法律が国会に提出されます。これら国会に提出した法律が通らない限り、逆立ちしても自衛隊は戦争できる軍隊にはなりません。
 その戦争立法をつくる時に、この長い条件はもの凄い意味を持ちます。自衛隊法の改正、周辺事態法の改正、武力攻撃事態法の改正をする時に、自衛隊はアメリカの戦争にただ協力できるというわけではなくて、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が脅かされるという事態の時にだけ行きますよと書いてある、民主党も、共産党も、社民党も、恐らく反対が強くなると維新の党も追及すると思いますが、ペルシャ湾でタンカーが止まる事態というのは、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が脅かされるという事態ではないよね、単に石油が止まっただけだよね、だったら行けないよねという話に必ずなります。そういう意味では安倍首相は泣く泣くこの条件を認めているんです。本当は、反対運動がなければ、こんな条件を付けないでやれたのに、またあんな条件を付けてしまった。
 もちろん、私たちが、九条の会が黙っていたら、この通常国会で、戦争立法はそのまま通ります。しかし、私たちが立ち上がり、様々な戦いをすればするほどこの長い条件は安倍政権にとって大きな足枷になります。
 そういう意味でいうと、集団的自衛権の閣議決定というのは2つの側面があります。戦ったことにより重大な制限が付けられた、しかし安倍首相はそれを突破してしまった。しかし安倍政権にとって見ると、突破しただけではなお自衛隊は海外で戦争する軍隊にはできない。そのためには今年の5月に国会に出される法律の改正、これを突破しないといけない。というのが今の安倍政権の現状です。2015年が正念場になります。
 
4.正念場となる2015年―新段階に入って安倍政権がねらうもの
(1)戦争立法の成否、岐路に立つ憲法
(a)閣議決定だけでは自衛隊は海外で戦争できないー戦争立法を通す必要がある
 この正念場を迎えた安倍政権の政治、戦争する国づくりのために、解釈で憲法を変える、自衛隊を侵略する軍隊にする、機密保護法や戦争手段を作る、この企てはまだ完成しておりません。
 なぜ5月に出てくるのかと言えば、本当は通常国会の早い時期に出すことが必要です。しかし、こんな悪法と言われる法律案を通常国会の早い段階で出すと、予算を審議していますね、予算委員会などで、そこへ集団的自衛権行使を容認するような法案が出てきたりすると、野党がみんな追求しますので、予算が通ってから出すのです。これが原則ですね。ですから今はほとんど悪法と言われるような法律案は出ていません。
 雇用の在り方を変えるホワイトカラーエグゼンプション、ホワイトカラーの人々の残業代を認めないとか、非正規労働者をずっと認めるとか、社会保障とくに医療保険制度を変えるとか、こういう法律案は、集団的自衛権行使のための法律案と同様に、いまはまだ出ていません。3月中旬に、場合によっては昨年選挙がありましたので、少し遅れて、4月初めには予算が通ってしまいます。そうすると一斉に国会へ法律案がでてきます。是非新聞をよく見てください。これで今通常国会の大きな山場を迎えるんですが、実は戦争立法はそこにも出さないというんです。それは何故かと言うと、4月の初めから一斉地方選挙の前半戦があり、後半戦は4月末にあります。公明党は、終わるまで絶対出して欲しくない。出たら大変なことになるから、一斉地方選挙が終わって、5月の連休明けに戦争立法案が出てくるわけです。
 6月24日が通常国会の会期末です。一ヶ月半しかない、絶対に無理です。安倍政権は、恐らく8月末まで会期を延長して何が何でも突破しようとしてくるでしょう。
 この日本を戦争する国にするかしないかの岐路は、今年の5月以降の立法の成否にかかっているといってもよい。もしここで大きな国民の声で安倍首相が出来なかったとしたら、安倍政権が倒れて総理大臣が変わるかもしれない。もっと怖い顔をした石破氏がでてくるかもしれない。しかし私は、もし安倍政権でこの戦争立法を通すことが出来ないという事態になったら、丁度安保闘争と同じように、もっと怖い石破氏のような人が出てきても、誰が出てきても2度と再び戦争立法を出すことはできないと考えています。お前、そんな甘い考えで良いのかと言われるかもしれませんが、私はあれだけ不退転の決意を持った安倍首相がやって出来なかったことは、丁度安保闘争が終わってから50年近くの間、ついに自衛隊を一兵たりとも海外へ人殺しの為に派遣できなかったのと同じように、安倍首相の企てを止めることが出来れば、おそらく石破氏が出ようが誰が出ようが戦争立法を出すことは出来ないと思います。そういう意味でも大きな岐路に立っています。
 そして勝負は今から始まっています。戦争立法を出させない、でるのを遅らせる、そのために大きな闘いが今から必要です。
 
(b)逆に安倍政権の戦争立法を通すことがあると、安倍政権は明文改憲をねらう
 逆に私たちが安倍政権の戦争立法を通すことがあると、間違いなく安倍首相は明文で憲法を変えようとします。安倍首相は改憲すると言いたくてしょうがないのですが、いまいうとやっぱり安倍首相の本当のねらい、本能寺はそこかと思われるから言わない。
 しかし、注目しなければならないのは、明文改憲でも、はじめに本命である9条は変えないと言うことです。環境権を入れますとか、知る権利を入れますとか、と言っている。そこから改憲を始めて、まず1回改憲を実行して、国民をならしてから、九条に手をつけようというのが、安倍首相の戦略です。
 しかし、安倍首相のほんとうのねらいは勿論明文改憲して普通の国と同じように正々堂々と戦争する国になることです。日本には軍法会議も無ければ、非常事態法もない、こんな異常な国は解釈だけを変えても、戦争をはじめる国にはなるけれども、やっぱりだめだというのが安倍首相の想いです。もし私たちが今度の5月に戦争立法を通すということになったら、安倍首相は必ず明文改憲を出してくる、と思います。
 そこでどのようにしてそれを阻むのかという問題をお話ししたいと思います。
 安倍改憲は、平和を守る人々にとってだけでなく、実は戦後70年においてほとんどの時代に政権を担当してきた戦後の保守政治、自民党の政治にとっても、大きな転換をもたらす、そういう戦後日本の岐路だと私は思います。
 戦後の自民党の政治はいろいろ悪いことはやってきた。しかし国民の声の力の前でこの自民党の政治もある意味では戦争への反省をふまえた政治をやってきました。だからこそ国民は自民党政権に色々不満があるけれども、支持をしてきたのだと思います。自民党は、戦後、安保条約を認め、自衛隊を認め、アメリカに追従して色んなことをやりました。沖縄に基地を作りました。普天間基地の辺野古移転をやろうとしています。
 しかしその自民党であっても、守ってきた原則というものがありました。一つは、戦後70年の間、日本の軍隊は海外で一兵たりとも人殺しはしていません。アメリカは冷戦が終わって25年の間に200回以上戦争をしています。戦前の日本軍は10年に1度ずつ戦争を繰り返してきました。中国も戦争しています。韓国も北朝鮮も戦争の経験があります。韓国は朝鮮戦争だけでなくベトナムへ5万人の侵略軍をアメリカとの集団的自衛権にもとづいて送っております。金大中大統領は2000年に初めてベトナムを訪問した時にベトナムの総理大臣に謝罪をしています。
 日本の総理大臣はだれも戦争責任の謝罪は嫌いな人ですが、戦後謝罪しなくて済んだのは、戦後アジアの国で日本だけが唯一海外へ侵略の軍を派兵していないからです。だからベトナムの人々には戦時中のことには謝罪しなければなりませんが、戦後のベトナム戦争に対しては、日本は経済的には色んな形で加担はしたのですが、少なくとも人殺しの軍隊は派兵していない。自民党政権でも武力でもって海外で侵略をしておりません。
 もう一つは、自民党は戦後、植民地支配したり侵略戦争したアジアの諸国と仲良くする、これも徹底してやってきました。共産党や社民党の代議士は中国と親しい人もいます。しかし日本の政治家の中で中国や韓国と最も強いパイプを持っているのは自民党の政治家です。自民党の政治家は今までずっと中国や韓国の間で培ってきた、それは彼らなりの戦争に対する反省なのです。
 いま安倍首相がやろうとしている海外に侵略する軍隊をつくりアジアの中で軍事大国になるということは、この二つの原則を覆すことです。
 自民党は地域の中で、なんといっても未だに、先ほどの総選挙においても、強い。それは地域の地場産業や農業などを「支えて」きたからです。ダムや道路や新幹線、じゃぶじゃぶの公共事業かも知れない。しかしそれを支えてきたのが戦後、海外で侵略をしない、アジアの国と仲良くするという外交原則と並んで、自民党政治が長持ちした理由なのです。安倍政権は、それをTPPで壊そうとしている。原発を再稼働して地域の安全というものを踏みにじろうとしている。
 こうして、安倍政権がやろうとしている政治に対して広範な保守の人々も、本当にこれで戦後の日本は良いの、という懸念を強めています。
 私たちが黙っていたらこの人たちは動かないでしょう。しかし私たちが声を上げる限り良心的な保守の人々も一緒になって行動してくれます。安倍首相の日本ではなくて、憲法が生きる日本というものが本当の日本の繁栄とアジアの中での日本の権威を高め「強国」としての責任を果たしていくことができると思います。
 それでは安倍政権の政治を阻むためには何をしたらよいのか。革新の人だけでなく保守の人々を含めた国民的共同が必要です。
 
5.改憲を阻む国民的共同を
(1)安保闘争にからの教訓、安保闘争を超える
(a)安保闘争の教訓を改めて学ぶ
 日本で国民的共同をやった経験は一度だけあります。それは55年前の60年安保闘争です。安保条約の改定は強行されてしまったのですが、岸信介政権が倒れて、その後ついに日本は自衛隊を海外へ出動させないという原則を自民党自身が言わざるを得なくなりました。憲法改悪はしません、とその後の自民党政権はずうっと言い続けなければならなかったのです。そういう政治を作ったのは60年安保における国民的な共同でした。
 これは革新の共同、平和の声と民主主義の声が呼応して作られたのです。いまは残念ながらあの時に国民的共同を作った力はありません。当時社会党が160議席あったが、いまの社民党は2議席を持っているのにすぎず、国会の中で国民的共同を追求する力はありません。労働組合の総評が社会党と共産党を同じテーブルにつける努力をしましたが、全労連はそのための努力を一生懸命やりますが、最大の労働組合の連合体である連合は雇用の問題では一緒にやることはありますが、平和の問題では決して一緒にやろうとはしません。憲法改正にも反対ではありません。このように60年安保の時の革新の共同のような大きな共同はないのですが、60年安保の時にはなかった可能性があると私は思っています。
 60年安保の時には50万の人々が国会を取り囲むということが起こりました。この時には確かに革新の人々だけでなく、岸内閣のファッショ的な強行採決に反対して保守の人々も動きました。当時の50万人のデモの中には市民や労働組合の人々だけでなく、多くの人々が参加しました。
 当時私は中学2年生でした、東京の下町の中学生でしたが、クラスで放課後集まって安保条約についてクラス討論会を開いてクラス決議を上げてみんなで安保デモに行ったんです。そういう中学生が沢山いました。そんな状況が生まれたから国会の周りに50万人のデモがうまれたのです。今は革新の力はそんなにないのだけれども、そのような大きな共闘に代わる新しい可能性があると思います
 
(b)5つの新しい共同の可能性と条件
1つ目:地域の運動の力量の飛躍的増大。
 安保闘争というのはあれほど大きな盛り上がりを見せましたが、大都市中心の戦いであり、県庁所在地では動きましたが、地域はほとんど動きませんでした。地域はダムや道路や新幹線を作って欲しいという公共事業を求め、自民党の強固な支持基盤がありました。安保闘争の半年後に行われた総選挙では、自民党は圧勝しました。あれだけ国会を取り囲んだのに、選挙が行われたら圧勝したのです。
 しかし、今は大都市部における戦いを上回るような形で地域の人々が様々な声を上げています。TPPの問題、原発再稼働の問題、集団的自衛権では閣議決定に対して中央では3紙、朝日、毎日、東京新聞が反対で、そして3紙、読売、産経、日経が賛成でした。真っ二つです。ところが、地方紙では41紙が反対なのです。TPPについては地方紙全紙が反対なんです。つまり地域での戦いが大きな可能性を持っています。
 
2つ目:保守の危惧と離反が進行している。
 あの安保闘争の中で自民党は一枚岩でした。今は違います。良心的な保守の人が私たちの呼びかけに応えて色んな形で動こうとしています。私が全国で講演会をやると、共産党や社民党の議員が来ることもありますが、公明党の議員、自民党の県会議長とか、そういう人も来ます。そして公明党の人は「名前は内緒にして下さいね、先生は公明党の悪口を散々言ってくれましたが、公明党の中には私のような人もいるということを憶えておいて欲しい」、と言うのです。今の安倍政権への恐さ、警戒心がある。今は、良心的な保守の人々と共同する条件があります。
 
3つ目:市民運動の力が桁外れに増大。
 これはもう桁外れに違う。いま5000以上の市民の組織がある。皆さんも色んな市民の組織を作っておられると思いますが、当時は市民運動の組織は殆どありませんでした。
 
4つ目:女性の力が比較にならないくらい大きくなった。
 当時の安保闘争の大きな盛り上がりは労働組合と学生運動で、労働運動は男性正社員の運動でした。女性たちは正規従業員でも労働組合には参加できておりませんでした。当時の女性たちは、女性たちの市民組織としては、母親大会ぐらいしかなかった。しかし、今回の安倍政権への取り組みではおおよそ6割が女性です。九条の会も、アンケートを取ると参加者の半分以上が女性たちです。
 
5つ目:中高年の立ち上がりが凄い。
 60年安保は2度と自分が銃を取りたくないという若者たちの闘いでした。今は違います。70年にわたって戦争をしない国を造ってきた憲法を次の世代に渡したいという中高年の人たちが頑張っています。昨日もその話しをしましたら、質問が出て、「中高年はお前さんが言うほど元気じゃないもうぼろぼろだ」というのです。そこで私は、“私もぼろぼろです。だけど中高年が若い人たちと一緒になって、あるいは若い人たちを擁護しながら頑張っている。これは今までの社会運動の中ではなかったことです。”と答えました。
 この5つの可能性は、まだまだ可能性であり現実の力にはなっていません。しかしいろんな地域の九条の会が、地域を根城にして、良心的な保守の人々とも共同し合いながら、女性たちの力を集め、市民たちの声を上げて、そして中高年たちが若者には負けないぞと、若者達よりは多少はお金の余裕もあるし暇もある、こういう人たちが一緒になって、新しい国民的共同を作っていくことが大事なことだと思います。
 いま戦後の日本は岐路に立っています。私たちが今どう行動するのか、ということが問われています。一人一人は困難な事情を抱えているし、忙しいこともあるでしょう。しかし、そういう中で日本の針路を考えるために共に立ち上がることを訴えて、私の講演を終わりたいと思います。
(大きな拍手)
 
渡辺治先生プロフィール
一橋大学名誉教授。1947年東京生まれ。東京大学法学部卒業の後、73年より同大学社会科学研究所助手、助教授を経て、1990年より2010年まで一橋大学教授。専門は、政治学、憲法学。
 中曽根内閣の「戦後政治の総決算」に危機感をもって発言して以来30年にわたり改憲を阻むために研究と講演を続けている。2004年「九条の会」発足時から事務局。
 著書・論文には共著『大国への執念−安倍政権と日本の危機』(2014年、大月書店)、『安倍政権の改憲・構造改革新戦略』(2007年、旬報社)、『憲法9条と25条・その力と可能性』(2009年、かもがわ出版)他多数。
 
 
 
 
12月5日付けの千葉日報新聞に掲載された当会副代表鎌倉淑子さんの記事です。
集団的自衛権行使容認閣議決定反対集会を規制、記録する警官隊と公安
                       崎山比早子
 
第2次安倍内閣が発足してから1年半あまり、自民党長期政権下で徐々に切り崩されてきた憲法の理念が、ここで踏ん張らないと完全に破壊される危機的状況にある。秘密保全法、原発再稼働、集団的自衛権行使容認の閣議決定。これ等に反対する世論は大きくデモや反対集会は数え切れないほど行われたにもかかわらず、安倍政権は反対意見をを全く無視している。自民党の得票率は27.6%であるにもかかわらず国会議員の過半を占めている。この選挙制度の欠陥の上に成り立った、そんな政権が、僅か20人足らずの閣議で、国の根幹をなす憲法の拘束を振り切って勝手に九条の内容を解釈で変えることなどできるはずはない。
 
 国民は今、憲法第十二条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」を肝に銘じて必死に立ち上がっていると思う。
 しかし一方、安倍政権に反対するデモ隊や集会に対する規制、妨害は厳しさを増している。首相官邸前では毎週金曜日に反原発集会が行われているが、丸ノ内線国会議事堂前から議員面会所側への出口は警官によって塞がれ、外に出ることはできない。デモ隊は官邸に向かって左側の歩道にしか立てないように規制されている。しかも狭い歩道の中央にコーンを約2mおき位に置き、それに棒を渡してそこからはみ出さないように市民を塀側に押し込めている。歩道と車道の間には警官がズラッと並び反対側の歩道に渡ろうとすると押しとどめられる。いくら抗議しても聞く耳を持たない。これは警察権力による違法行為ではないのか?
 
 集団的自衛権の閣議決定の前日、6月30日は報道によると約1万人が集まった。後から後から来る人々が柵外にあふれ、警官隊の阻止の隙をみて反対側の歩道にわたり両サイドから「安倍は辞めろ」「戦争反対」「憲法守れ」「集団的自衛権反対」などのシュプレッヒコールをあげた。若い人の姿が目立ち、多くの個人が携帯やiPhoneで集会の記録をしていた。そして警官隊とデモ隊に何かいざこざがあるとすぐにカメラを向けた。これが警官の暴力を防ぐ役割を果たしたと思う。両側の歩道から溢れる人が車道を塞ぎ、車が通れなくなるという場面がしばしば生じていた。圧倒的多数の抗議する市民が警官隊を押し返したという感じだった。
 
 翌日参議院議員会館であった集会後、午後5時頃に官邸前に行ってみると議員面会所側の歩道と車道はひもでくくられた鉄柵で仕切られ、その車道側に警官が並び、歩行者が鉄柵を動かして反対側に渡れないように、固めてあった。その警備をする圧倒的多数の警官の映像である。
 
 昨日の集会で車道が塞がれたことを反省し、対策をたてたに違いない。私は参議院議員会館方向から歩いてきたが、時間が早かったせいか警官の防護も緩く議員面会所側の公安がたむろする場所の前に立った。しかしそこに立ち続けていると入れ替わり立ち替わり警官が来て執拗に「ここにいると危ない」「怪我をしても責任がとれない」「反対側に移動しろ」を繰り返した。「自分はここにいたい」、「いる権利がある」「触らないで下さい」と言って動かなかった。そのうち10人足らずのグループがスピーカーを持ってその場所でシュプレヒコールをはじめようとした。それを直ちに大勢の警官隊が取り囲み、あっと言う間に参議院議員会館方面に押しやっていった。その時に運良く山本太郎議員と鉢合わせになり、議員が警官隊を押しとどめデモ隊を押し戻してきた。その映像はここで見ることができるが、あろうことか山本議員を警官が押し倒したのだ。
 
 それ以後山本議員とそのグループはその場所にとどまって意思表示をしていたが、はじめから終わりまでグループの人数の5倍から10倍くらいの警官と公安が取り囲み身動きもできないほどの範囲に閉じ込められていた。私の後ろに立っていた公安は山本議員を含むそのグループの行動を終始録画していた。私はその姿を写そうとiPhoneを向けるとそのたびに妨害を受けた。一人の公安は「止めろ!なぜ写真を撮るんだ!!」と怒鳴ってきたので「あなた方は市民の監視をしても良いのですか?違法でしょう?」と聞いたら何処かに行ってしまった。また他の記録をとっている公安に「これは市民監視ではないですか?」と聞いたら「立件のためです」という答えが返ってきて寒気がした。何かがあったらその証拠として残すという意味だろう。
 夜になって疲れたので面会所前の塀の所に腰掛けていると警官が来て「ここに座るな」という。「腰が痛いので」というと「それでは家に帰りなさい」という。「あなたにそんなことを指図されるいわれはありません」と言って断ったが警官が諦めるまで相当な時間抵抗を続けなければならなかった。市民のデモ活動がいかに制限されているか痛感した。打ちのめされたような気分で午後10時半頃集会の現場をはなれたが、まだ沢山の人が抗議行動を続けていた。
 翌2日は金曜日で恒例の反原発官邸前行動が行われる。小雨の中午後五時頃官邸前を通って驚いたことは昨日私が立っていた歩道は人が一人やっと通れる位の道を空けて鉄柵でがっちりと固めてあった。これでは人は集まれない。デモの規制をこれほどまでに厳しくするのは憲法違反ではないのか。それでも誰もこの規制に抗議をする人がいないのは何故なのだろう?メディアもこの警察の横暴を伝えないし、デモ隊にいる人々もそれ程強くは抗議しない。強く抗議すると公務執行妨害か何かで逮捕されてしまうことを知っているからだろうか。
 そういえば最近のデモは警察の車に先導され、警官に囲まれて行進することがほとんどだ。警官はデモ行進のグループを恣意的に分断して小グループに分けてしまう。このようなデモが政治の方向を変える効果があるのだろうか?
 人類のために大切な憲法を守るために、何ができるのか個人、個人が真剣に考え行動するときは今しかない。