講演録  小森 陽一
民主党政権と「九条の会」の課題
「若葉・九条の会」設立5周年記念   2010/4/25        
千葉市みつわ台公民館

こんばんわ。 まず今日沖縄で、9万人が参加して普天間米軍基地問題で超党派の集会が開催されました。私も呼びかけ人の一人である沖縄の集会に連帯する集会が今、明治公園で開かれています。この若葉の会は昼間行われるという予定で引き受けたんですが・・。呼びかけ人が呼びかけた集会に参加できないということになってしまったので、今この会が明治公園の集会にしっかり連帯する場になればと思います。

◆普天間基地問題とは何か
まず、今問題になっている普天間基地問題は、一体どういうことなのかということを、しっかりと理解しておく必要がある。そもそもは、1995年に沖縄でアメリカ兵による少女暴行事件が起こり、沖縄から基地は出て行って欲しいという運動がおこった。その時の沖縄県知事は大田昌秀さんでした。県知事を先頭に、沖縄からアメリカ軍の基地を無くせという運動がおきた。そして大田知事は基地のために使う土地の署名を拒否した。それこそ県ぐるみの運動だった。最高裁で負けてしまいましたが、沖縄からアメリカの基地をなくせという大きな盛り上がりがあったわけですね。
村山富市政権(1994~)から変わった自民党の橋本龍太郎首相(1996~1998)が日米首脳会談で、96年段階で向こう5年から7年の間に普天間基地を完全に撤廃するということが、当初の約束だったわけです。どこかに移設するなんていうことは全くなかったんです。単に世界で最も危険な基地を無くすという約束だったんです。96年に向こう5年から7年というわけですから、2002年から2003年には普天間基地は無くなっていなければならなかった。
じゃ何故居座ることになったのか。それは正に小泉政権(2001~2006)や安倍政権(2006~2007)の責任です。そしてそのことが日本国憲法9条の問題と密接不可分に結びついていることを、いま私たちがしっかり確認して,そのことを多くの人々に、本当の問題の解決の道筋はどこにあるのかということを、声を大にして訴えていかねばならないと思うのです。「九条の会」がしなければならないことです。  
小泉政権のもとで自民党は2005年10月28日に新憲法草案を出しました。その中では9条第2項をばっさり削って自衛軍を持つことを明記した。そして、この自由民主党の新憲法草案が出た翌日2005年10月29日から、アメリカの国防総省と国務省、日本の当時の防衛庁と外務省の2+2の協議が始まって世界的規模のアメリカ軍の再編成の中、日本のアメリカ軍の基地をどうしていくのかという話の中で、辺野古移設が決まって行ったのです。
これは明らかに小泉政権と安倍政権の沖縄県民に対する裏切りです。今、こういう結果をもたらしている原因です。だったら鳩山由紀夫首相は政権交代したんだから、そのいきさつをはっきり国民に訴えて、民主党政権は小泉政権や安倍政権のアメリカ追従政策は止めますと、だって対等な日米関係とか言っているわけですから。そうやって交渉すればいいだけだったんです。じゃ何故できないのか。鳩山政権の大きな問題がそこにあるということを私たちははっきり見なければならない。

◆「九条の会」運動のはじまり
2005年10月に、なぜ自民党は新憲法草案を出すことができたのか。それは2005年9月11日の総選挙で自民党と公明党が3分の2以上の議席を取ったからです。これと「九条の会」がどのようにして結成されたのか、ということには密接不可分に結びついているということを思い出して頂きたいと思います。
皆さんのお手元に、2004年6月10日に出された「九条の会」アピールが配られていると思います。読売新聞は毎年4月第一週に憲法世論調査を行っていますが、2004年4月第一週の憲法世論調査では、65%の人が「憲法を変えた方が良い」と答え、「憲法を変えない方が良い」という人は僅か28%だった。この時、89年の生涯で一度も運動ということに関わったことがない加藤周一さんが、いまここで全ての国民に九条を持つ日本国憲法をもう一度選び直して主権者としてこれを守り活かしていく運動を呼びかけなければと考えた。いつ運動を呼びかけるか。読売新聞の世論調査で70%の人が憲法を変える方が良いと答えるようになったら、明文改憲はやられてしまう。けれども今、どの政党や、どの労働組合が呼びかけても、本当に党派を超えた、思想信条を超えた、政治的立場を超えた運動は難しい。だったら自分達知識人が責任を持って、全ての国民に運動を呼びかけるべきだと。これが「九条の会」の始まりだったんです。
そして、まず誰に相談しましょうかということになった。大江健三郎君、井上ひさし君だろうと言われて、私が個人的な付き合いがあったので、そこから交渉が始まって、今の九条の会の方々が呼びかけ人になった。最初から、9条だから9名と言うのではなく、たまたま9名になった。もっと他の方もいらっしゃいました。ご病気とかでこの運動を責任を持って出来るかどうかわからないと、お断りになった都留重人さんとか日高六郎さんとかいろんな方がいた。結果として6月10日の段階では9名の方が呼びかけ人になりました。そしてアピールを出して、6月10日に記者会見を行ったんです。確かに全ての新聞社やテレビ局が参加してくれたのですが、実際は無視されました。黙殺ですね。テレビは、6月10日の夜11時過ぎのニュースに15秒、15秒のニュースではなにも分からないでしょ。翌日の新聞には数行で、9人の名前すら紹介しない。アイウエオ順にこだわる新聞は井上ひさしさんら9名とか、権威主義にこだわる新聞社はノーベル賞作家大江健三郎さんら9名とか。
小田実さんから、(2008年に亡くなられましたが)電話がかかってきて「小森君、日本のマスメディアがここまで退廃しているとは俺は思わなかった。マスメディアが報道しなければ「九条の会」のことは伝わらない。一部の政党の新聞が伝えているだけでは駄目だ。全国で講演会をやろう。マスメディアが報道しないなら俺たちが自分の体と声をメディアにして直接国民に訴える、というようにしょう。東京は7月24日にすることになった。「何故ですか」と聞くと、「俺が全員に電話をかけた。みんながその日は空いているというので決めた。」と。それで7月24日東京集会を皮切りに全国で講演会を開きました、第2会場、第3会場と広がって、事務局長としての私は、入りきれない方々に謝るだけの生活が1年程続いた。横浜の時には、3000人ぐらいに頭をさげました。
2004年12月の那覇市集会から大きく空気が変わって来ました。沖縄タイムズ、琉球新報に1面大きくカラー写真で報道されて、那覇に行かれた小田さんは「小森君、俺は久しぶりに1面を飾った」と。
そしてこの呼びかけに応えて全国の草の根から「九条の会」が作られ始めたのが2005年だったんですね。那覇集会まではこちらがお願いして実行委員会を作って貰って講演会を開いた。けれども、2005年3月の福岡集会は主催が「福岡県九条の会連絡会」だった。つまり福岡ではまだ9人の人の講演会をやっていないのに、いろいろ聞き付けて、福岡の方々はそれぞれの地域で「九条の会」を結成して、この九条の会が連絡を取り合って、連絡会を作って、そこが主催した。この前5周年で行ってきました。若葉のこの会が5周年記念ということですから、丁度この頃に呼びかけに応えて会を作って活動を始めて来られたんですね。ここから大きく局面が変わり始めるんです。2005年7月30日有明コロシアムで1万人集会を成功させたわけです。けれども、まだ全国の「九条の会」は2000位で、これだとまだ小泉純一郎に騙されちゃったんですね。

◆小泉郵政民営化法と世界金融恐慌
2005年の夏、参議院で郵政民営化法案が否決されたにも関わらず、小泉純一郎は衆議院を解散して、郵政民営化YESかNOか、国民投票をやってね、国民を騙して、衆議院で3分の2を取ったでしょう。今から考えれば、皆さん、何故2005年の夏に小泉純一郎が郵政民営化YESかNOかの選挙をやったのか。分かりますね。頷いた方はわずか2人! 現時点で分かっていないと大損しますよ。2005年の上半期にアメリカの住宅バブルがはじけていた。私の専門は日本近代文学です。大学で明治以降の文学を研究しています。文学者に経済の話を聴くほど危険なことはないですね。でもこれからお話しする内容は、私の友人の慶応大学の経済学教授の金子勝さんの、「この話は小森さん100%正しい」という折り紙付きの話ですので、信用していただいてよいと思うんです。
2008年9月15日に起きたリーマンブラザーズやAIGグループが崩壊したあの世界同時金融恐慌の原因はなんでしたか?それも覚えていらっしゃらない?サブプライムローンでした。サブプライムローンというのはアメリカの不動産を買う時の貸付ローンのことです。いいですか。しかも何故サブプライムというか。これは普通だったら絶対お金を借りられないような低所得者に、ほとんど詐欺のように騙して、お金を貸し付けて住宅を買わせる。こういうローンです。つまり7-8年はあなたの給料でもちゃんと返済できますよ、でも7-8年を過ぎたら一気に返済レートが高くなります。だけどあなたはアメリカンドリームという国に住んでいるんだから、7-8年後はづっと給料もよくなっていますよ。もっといい職種に就いているかもしれませんよ。というほとんど根拠のない騙しでお金を貸して住宅を買わせたんです。それがサブプライムローンです。
すでに日本では不動産取引の銀行の借金のかた(担保)、債権のかた(担保)が不良債権になって返せなくなって日本がバブルが崩壊したのが1997年でしょ。その記憶がありますから直接銀行から貸したらやばい。どうしたかというと、借金のかた(担保)を原材料にして金融商品というものを、金融工学という詐欺の学問で作ったんです。2008年の秋、私は何人もの金融工学の人たちと論争しましたが、通常考えたら分かるでしょ。借金のかた(担保)が商品になるとは。これはこういうことです。お金持ちが借金するとそれを返済するリスクは低いですね、お金持ちだから。貧乏人が借金をすると返済するリスクが高いでしょ。このリスクを計算していろいろ組み合わせて、これはリスクの高いハイリスクだけどハイリターンの金融商品、これはローリスクだけどローリターンの金融商品ですよと。アメリカの金融機関が借金のかた(担保)を全部金融商品として世界中の民間金融機関に売り捌いたわけです。だから世界中の民間金融機関がこれを買っちゃったんですよ。信用して。だから世界中の民間金融機関にサブプライムローンの毒がダッと回っていったんです。分かりますね。これが90年代後半です。

本当はやっちゃいけないことを、いわゆる金融規制緩和というやつで、やった。金融ビッグバンといってやったでしょ。普通の銀行は普通の庶民の預金を預かっているとしてこういう危険な金融商品を取引してはいけなかった。それを全部していいということにして、全世界の金融機関がこれ買っちゃった。全世界にサブプライムローンの毒が回った。そして2005年上半期に住宅バブルが崩壊する。それで分かりましたか?まだ半分ぐらいしかわからない? 分かって下さいよ。今は安くて良いが、8年後には高くなるので、今借りてしまいなさいよと。8年たったら返済額が一斉に上がるわけです。それで一斉に返せなくなる。いっせいに返せなくなったどうするかといえば、一斉に住宅を売りに出す。ね、売りに出た商品ばかりで商品を買う人がいなければ、バブルの崩壊です。分かりますね。日本が郵政を民営化しなければ、2005年末か、2006年の頭に、2008年9月に起こった金融世界恐慌は起こったはずなんです。
いいですか。何故、郵政を民営化する必要があったのか。小泉さんが国民を騙す時に言ったでしょ。民間に資金を出せば有効利用できる。ホリエモンたちが儲けた時です。郵便局に預けることは要するにタンス貯金ですよ。もったいないですよと。違うんです。タンス貯金だったから安全だったんでしょ。いいですか。2005年夏、全世界でサブプライムローンの損が入っていなかった純粋に額面通りのお金は日本の郵便貯金と簡易保険だけしかなかったんです。庶民の、貧しい庶民の。だってあれは1千万円しか預けられないんですから。金を貯めても1千万円にもならないよという奴が預けているんですから。・・・私たちがね。
私も郵便局に口座を持っていました。持ち始めたのは1965年小学校6年生の時、チェコスロバキアのプラハから帰って来たのですが。その時私は月極めのお小遣いを貰っていた。正月に父方、母方両方の祖父から、のし袋に入ったそれまで見たことが無い高額紙幣を貰った。その時始めて日本の子どもは新年に親戚縁者から<高額一時金>を貰える制度があることを知った。私がこの大金をどうしたら良いか祖母に相談すると、「陽ちゃん銀行だけは危ないから止めなさい」という。何のことか分からない。いろいろ聞くと、1929年ウオール街世界恐慌が、1930年(昭和5年)に日本にやってきて銀行が取り付け騒ぎになってしまったという話をするんです。どうもこの時、小森家の財産が無くなってしまったらしい。だから銀行は危ない。1965年ですから、1930年はまだ35年前の話で、祖母にとってはまだまだ生々しい記憶だったんです。それで陽ちゃん、郵便局が安全、銀行は危ないと。
ここなんですよ、そうやって日本の庶民の殆どの人が郵便局に預けていたんです。これを全部アメリカの金融機関を助けるために差し出したのが小泉純一郎と竹中平蔵ですからね。私たちの財産、これを持っていた会社までハゲタカファンドに売り渡たそうとしているのをギリギリの所で今引き止めているんですよ。いいですか、亀井静香、皆さん嫌いだと思うんですけど。私たちの財産がどういう扱いを受けているのかということを、しっかり自覚しておかないと全部アメリカにやられてしまいます。だって今まで自民党の総裁は絶対郵政民営化を言わなかったんです。小泉一人でしょ、言ったのは。だから総理大臣になったんですよ、アメリカのお陰で。そうでしょう。小泉純一郎なんて大した政治家じゃなかったんです。

◆60年安保:軍事同盟と経済同盟の合体、橋本首相は何故辞めたのか
誰ですか?2001年の総裁選で小泉の対抗馬だったのは。2001年は今から9年前の話ですよ。思い出してください。今日は90年代の話をしなければならないんです。記憶に蘇ってこないようでは、冷や汗をかいてきますよ。橋本龍太郎です。普天間基地で頑張った。だからアメリカは絶対に橋本龍太郎に総理大臣をさせたくなかった。それだけじゃありません。橋本龍太郎は日本の山一証券が潰れ、日本の金融がガタガタになった。全部アメリカが仕掛けたことなんですけどね。それに対して、橋本龍太郎は反発を持っていた。総理大臣の時にね、外国人記者クラブの講演で大失敗をしてしまう。講演が終わった後、外国人記者から質問があった。最近、中国もロシアも経済的な力を付けてきた。いろんな国の国債、国債というのは予算でお金が足りない時借金をするわけですがその借金のかた(担保)が国債でしょ。それを皆んな買うわけですね。いろんな国の国債を売ったり買ったりする。
普通国債というのはその国の信用が低いと安く、その国の企業が頑張って、例えばフィンランドのノキアが頑張っている時にはフィンランドの国債ががっと上がる、上がったら売って外貨準備を増やすというのが普通の話じゃないですか。しかしアメリカは双子の赤字をかかえている。つまり貿易も赤字、国家財政も赤字。双子の赤字を抱えているアメリカの赤字国債を日本はずっと日本の国民の税金で大蔵省が買い続けてきた。一度も売っていません。何か特別な理由があるんですか。こういう質問をしたのです。良い質問ですよ。本質をついた。橋本龍太郎さん、日本語で、「私だって売りたいという願望に駆られないことはない」とポマードの頭を撫ぜながら。三重否定した。だけど通訳がメチャメチャな訳をした。「私は売りたい」と訳してしまった。翌日のアメリカの新聞に橋本龍太郎の裏切りと大バッシングが起こった。
だけど橋本龍太郎は嘘を言ってないんです。安倍晋三の母方の祖父岸信介が、1960年に日米安保条約を改定しました。それまでは軍事同盟だけでした。アメリカの核の傘で、ソ連の核の脅威から日本を守ってあげるよというのが日米安保条約。これまでずっと守ってやってきた。高度経済成長した1960年以降、64年には東京オリンピックだってやるじゃないか。だったらこれまでお世話した分、これから返してくれというので、経済同盟と合体したんです。日米安保条約が軍事同盟と経済同盟が一体化されたために、毎年アメリカから年次経済要求というものがきて、ずっと日本が金を貢ぎ続けて来たんです。いいですか、日米安保条約ほど私たち庶民にとって損な条約はないんですよ。もう今不況ですからお金の話には敏感ですから、そこらで対話を拡げて頂きたいと思うんです。普天間基地問題で一緒に声明を読み上げた経済学者の宇沢弘文さんは、安保改定50年でしょ今年、この50年間で安保があるおかげで日本人はどれだけ損をしたのか、700兆円は下らないというのです。700兆円というお金、実感がないですが、皆さん、自分の貯蓄を考えてみて下さい。今ゼロ金利でしょ、悲しいでしょ、1年間預けてみても定期にしたって雀の涙どころか蟻の涙にもならない。いつからそうなったのか。それは日本のバブルにアメリカが腹を立てて、日本に金が行かないようにゼロ金利にしたからです。アメリカに全部金が行くように。皆さん、金利がずっと3%だったら自分の今の貯金が幾らになるか計算して悔しさをしっかり噛みしめて下さい。隣の人とも。特に年金生活者がこの会場に多そうですから。本当に損しているのですよ、それ全部日米安保の経済同盟のせいです。
で橋本龍太郎を絶対に総理大臣にしたくなかったから、あの小泉が郵政民営化を掲げて立候補した時、日本のワイドショーのスポンサーは全部入れ換わったんでしょ。アメリカンダイレクト、アリコといえば、2008年にリーマンブラザーズと一緒に潰れたAIGのグループですよ。AIGグループというと日本ではガン保険とか医療保険しか知られていませんけど、あそこの儲け頭には二つの部門があって、一つはアメリカ軍の保険です。将校がイラクに行ったら命は何ぼ、イージス艦でどこそこに行ったら何ぼ。AIGが潰れたらアメリカ軍の軍事機密が全部ばれるから税金を入れて救ったんです。もう一つはさっきのサブプライムローンのように今の金融機関は危険な金融商品を取引していますから、リスクが発生する訳ですよ。保険と言うのは危険に掛けるわけですよ。金融取引の保険というのをAIGは持っている。2008年9月15日AIGが終わってしまうと、全世界の金融機関が終わってしまうから、アメリカ国民の税金を入れてそこから損失補填を吸い取る。だからキャンベル資本主義とか、カジノ資本主義とかいったそんな生ぬるいものじゃない。死んでる会社に国民の税金を入れて他の金融機関が吸い取るというドラキュラ資本主義なんです。<A>がついたら要注意です。アフラックとか。

◆状況を変えた「九条の会」
2006年から2007年「九条の会」は広がっていきました。「憲法を変えないほうが良い」という人が増えました。九条の会の草の根の活動のためです。2007年、老獪な政治家、当時の民主党の代表だった小沢一郎によって、国会の特別委員会では新憲法を制定するための手続き法の国民投票法が審議されていました。民主党案に自民、公明が乗ろうとしていた。これに対して小沢一郎が、読売新聞に憲法世論調査が出た10日後、この特別委員会の枝野議員を辞任させた。安倍政権が進める改憲路線から、民主党は世論の動向を思い憚ってはずれる。そのあと、安倍政権は強行採決に次ぐ強行採決を行って、皆さんも危機感を燃やし、いろいろ活動されたんだと思います。国民投票法案を、5月14日強行採決で参議院を通過させた。5月14日は私の誕生日なんですよ。「九条の会」の事務局長の誕生日にこんな暴挙を働いて、目にものを見せてやるぞと、・・・。
7月29日の参議院選挙で自民、公明が大敗し、民主党を始め野党が参議院で多数派になった。いわゆるねじれ国会になりました。だけど自民党の改憲派は野望を捨てていません。選挙があった翌日、日本の改憲派のボスである読売新聞グループの会長である、渡辺恒夫が自ら筆をとって、実際は筆ではなくペンをとったのでしょうが、もはや大連立しかない、という社説を載せた。これが4月30日。そして翌日、2日間鳴りを潜めていた小沢一郎が記者会見を開いて、安倍政権が進めようとしているテロ対策特措法の延長、これはわかりますね、2001年の9月11日、これをやったのはビンラデインを始めとするアルカイダという国際テロ組織だとブッシュが言って、ビンラデインはアフガニスタンにかくまわれているといって、アフガニスタン攻撃を始めた。最初は12カ国、途中で11カ国になる。この有志国に、インド洋で日本の自衛隊が、軍艦には直接給油できないが、軍事行動する艦船に給油をするという対テロ対策特措法ですね。これをずっとなし崩し的に延長してきた。これに小沢一郎さんが反対する。しかも、その理由として憲法違反だと言ったんでしょ。私は、小沢一郎の口から憲法違反という言葉が出てくるとは夢にも思いませんでした。でも、小沢一郎という政治家の持論からいうとそうなんです。このあとそのことを話します。
そして、いっちゃんが反対したからというので、9月12日安倍が辞任して福田康雄が総裁になりましたが、この対テロ対策特措法が日本では10月31日に切れるんですが、時差がありますので、インド洋上で切れるのは日本の時間で言うと11月1日になる。11月1日に何をやるかというと、小沢一郎と福田康夫が渡辺恒夫の仕掛けでね、突然の党首会談、極秘でね、そして大連立をぶち上げた。でも国民の大反発で、これは未遂に終わった。まさに国民の草の根からの世論が政治を揺さぶり続けたんですよ。
そして、2008年4月第一週の読売新聞の世論調査では、13年ぶりに、いや15年ぶりに、「憲法を変えない」という人が、「憲法を変える」という人を上回った。悔しそうな、一年前にもまして悔しそうな報告をしている。この15年ぶりというのは、2008年から15年を引くと何年?1993年でしょ。1993年4月の世論調査からずっと読売新聞が世論調査をすると、ずっと「憲法を変えた方が良い」が多数派だった。その状況を私たちは4年間で変えたんです。じゃ、何故93年か?93年に何が起こったのか思い出して下さい。

◆いま、過去の記憶から学べ
1993年の夏、今のように新党がぼろぼろ生まれて、自民党単独政権が崩壊したんですよ。マスメディアは、あたかも去年2009年に初めて政権交代したかのように言っていますが違います。93年の夏、宮沢喜一政権が倒れ、そのときの立役者は羽田孜を立てて新進党を作って自民党をおん出た小沢一郎と武村正義を立てて新党さきがけを作って自民党をおん出た同じ旧田中派の竹下派の鳩山由紀夫。小沢一郎と鳩山由紀夫、今の政治の中心と全く同一人物なんですよ。
私は神様でないから未来のことは分からないが、しかしね、記憶は持っている。かって過去においてどういう事態が起こったのか、現状と似ていれば、同じようなことが起こるかも知れないと。しっかり注意を固めて、ここに騙されてはいけないと、過去の教訓を皆で語り合う必要がある。この役割を担っているのが「九条の会」なんです。「九条の会」は、年がら年中九条について、九条を中心に全てを考えるという、そういう極めて珍しい会なんです。まさに九条問題が大きな政治課題になっているのです。93年のこういう事態の中心にいたのは小沢一郎なんですね。

◆日本国憲法9条と国際連合憲章
90年8月、イラクがクウェートに侵攻しました。これから、皆さんのお手元にある国際連合憲章を見ながら、日本国憲法九条と国際法というのがどういう関係にあるのかということをお話します。イラクがクウェートに軍事侵攻しました。これは国連憲章第2条違反です。第2条を見て下さい。「・・・すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。・・・」(第2条)。日本国憲法第9条第1項と同じですね。日本国憲法九条第1項は、先ほど、きたがわてつさんが歌ってくれましたが、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」(九条第1項全文)。日本国憲法九条第1項は国際標準です。
5千万人の犠牲者を出した戦争の反省の後出来た国連憲章では、武力による威嚇や先制攻撃は絶対にしてはいけないというのですね。国権の発動たる戦争は第一次世界大戦の後、国際連盟を創って、ほとんどの国が批准したパリ不戦条約以降、国権の発動たる戦争は国際法上やってはいけないことになりました。それで関東軍が実質上戦争をしていても、これは戦争じゃなくて、満州事変だと、上海に飛び火しても上海事変だと、さらに中国全土に広がっても支那事変だとか、日華事変だとか、言葉だけを変えて誤魔化していたが、戦争は国際法上してはいけなかった。
この国連憲章にイラクが違反した。国連憲章に違反した国がでると、直ちに安全保障理事会が開かれる。次に第39条を見て下さい。「安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるか決定する。」(第39条)。この国連安全保障理事会は、東西冷戦、ソ連とアメリカが核兵器をどんどん作って対決していくという東西冷戦のときには機能していなかった。どうしてかというと、国連安全保障理事会は15カ国で構成されていますが、そのうち米、英、仏、中、ソの5カ国が常任理事国、第2次世界大戦の戦勝国、この5カ国だけが核兵器を持っていてもよいというとんでもない不平等条約が、こんど5月に見直し会議があるNPT条約、核不拡散条約ですね。核兵器を持っていいというだけでなく、この5カ国は拒否権を持っている。この一カ国でも拒否権を発動すると、国連安保理事会決議を上げられない。東西冷戦の時は、社会主義国ソ連と中国がアメリカが何かやろうとすると拒否権を発動し、その逆の場合はアメリカが拒否権を発動し、それで機能しなかったんですね。
例えば、1989年にベルリンの壁が崩れた。<世界は一つ>という中で、ゴルバチョフとブッシュが仲良くなっていて、中国は89年の天安門事件で大きな顔を出来なくて、それでこの決議が上がったんですね。第41条というのは経済制裁、第42条は軍事制裁。この時には、軍事行動を含めた経済制裁をするという国連安保理決議が上がった。この時の日本の政権は海部俊樹政権です。自民党の幹事長は小沢一郎だった。なんで、河野派という弱小派閥の海部俊樹が総理大臣になっていたかというと、その前の年89年、竹下登首相の時、リクルート社という就職情報社が株式を上場する前に、その株を自民党政治家全員に配りまくって、上場した瞬間、みんながぼろ儲けするということをやっちゃったというリクルート事件が起きて、政治と金の問題で自民党が完全に汚れきってしまって、それで竹下登が辞任するという事態になったんです。

◆小沢一郎のシナリオ
だから総理大臣になれそうな有力な政治家がいなかった。いるとしたら、汚いお金がまわって来ないやつ、すなわち無能なやつか、自民党のハト派しかいなかった。自民党ハト派より、無能な海部の方が安全じゃないか、目付役として小沢一郎が入って、海部俊樹政権ができた。そこに、アメリカが完全武装の自衛隊を、このイラクのクウェートに侵攻した事態に対する国連の平和維持部隊、英語でpeace keeping forces、PKFと略す、これに日本の自衛隊を出せという海外派兵の要求を突きつけたのが90年秋だった。

小沢一郎は直ちに、それまでの自民党の歴代内閣の憲法解釈の議論を変えて、完全武装の自衛隊をこの湾岸戦争に派遣してもかまわないという国連平和協力隊法という法律を国会に提出した。1990 年秋です。だけど国会に出てきた法律案が憲法に抵触するかどうかを判断するのが内閣法制局で、この国会で内閣法制局長が、この法律、「国連平和協力隊法案」は憲法に抵触する恐れが高いという発言をした。20年前ですよ。これをずっと恨みに思っていた小沢一郎は、今度、国会改革法で、官僚に発言させない、それには内閣法制局長も入るんだぞ、と。こうして内閣法制局長がいないところで、元自衛官の国会議員が福島みずほを3月12日に吊るしあげたでしょ。あんたは自衛隊を合憲と思うか、と。そういう、いいですか、小沢一郎は、そういう20年前の恨みを今はらす、そういう政治家なんですよ。彼の記憶力に私たちが勝たなければ、だまされるんです。「最近はちょっと年をとって・・」というのは、「9条の会」には許されない。如何に記憶を確かに持つか、そうなんですよ。内閣法制局長が憲法違反の恐れが高いと言って、これ廃案になっちゃうんです。
で、アメリカは文句を言ってきた。日本は自衛隊を出せないから、国民一人当たり1万円、一兆三千億円を超える軍事費を拠出したのに、アメリカが日本は金だけ出して、血と汗を流さないのか、といった攻撃をかけてきた。これが、小沢一郎を始めとする自民党の幹部連中の、いわゆる湾岸戦争トラウマですね。小沢一郎は何と言っても、自衛隊を海外に派遣する、だって日本は金だけ出して血と汗を流さないという、後にアメリカはshow the flag、旗を出せ。と。そして小沢一郎は、PKF、すなわち実際に軍事活動をする部隊は出せないが、戦闘が終わった地域で平和を維持する活動をする、英語で言うと、peace keeping operation、PKOには自衛隊を出しても良いのではないかという法律を作るわけです。これを国会に上程する、そして海部俊樹内閣は総辞職する。
ここから、小沢一郎がアメリカの軍産複合体と日本の財界から担わされた政界再編成という名のクーデターが始まるわけです。政界再編成の狙いは全部で4つ。
① 自民党のハト派をつぶす、
② 日本社会党をつぶす、
③ 小選挙区制を導入する、
④ これによりいつでも大連立により明文改憲ができる二大保守、いや二大政党制にする。
これが小沢に担わされたミッションです。分かりますね。
ソ連が91年に崩壊します。そうしますと、かっての東ヨーロッパ地域が資本主義の大市場となって、そこで安い労働力が作られ、やがて中国もインドもそうなるだろう。一番大事なのは太平洋からインド洋にかけての地域でしょう。つまりアラビア半島で石油を採ってこっちへ持ってきて生産して作った自動車と家電製品をまた向こうに持って行って売る。これシーレーンと言いますね。ここが一番大事な世界的な根拠、経済と政治の拠点になるわけです。で、アメリカは出来たら日本にやらせたい。日本の財界もアメリカ軍に守ってもらうより日本の自衛隊を海外に派兵して守って貰う方が良い。邪魔なのは自衛隊の海外派兵を憲法違反ですよと言い続けた自民党ハト派と日本社会党ということですね。自動車産業と家電産業の労働組合は、社会党をパスしたと言って連合を作ったでしょ。そういう時代ですよ、1990年、1991年は。
で、小沢一郎は自民党の中で憲法調査会を作ってね、自民党の従来の憲法解釈を180度転換しようとした。先ほど歌っていただいた日本国憲法前文の第2段、すなわち恒久平和の原則です。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷属、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とあるでしょ。小沢一郎は、これが憲法九条より上だと、つまりイラクがクウェートに侵攻したということは平和を愛する諸国民の公正と信義が軍事力により踏みにじられたのだから、完全武装の自衛隊を国連安保理の決議があれば、送るのはかまわないという、そういう議論をするわけです。そして海部俊樹政権は、このPKO法案を国会に上程して総辞職した。そうすると、そのあとはハト派が担うしかない。

◆日本の再軍備と憲法九条の縛り 海外派兵と集団的自衛権
それで宮沢喜一さんは仕方なく最後の自民党派ハト派政権をつくり河野洋平さんが官房長官になった。そして仕方なくPKO法案を上げざるを得なくなった。でも、宮沢喜一さんは小沢委員会の憲法解釈をとらなかった。絶対にそういう解釈は採らず、従来の自民党通りで、つまり自衛隊は九条第2項で、陸海空軍の戦力ではなく、自衛のための最低限の実力ですと言う、つまり実力行使しか出来ないんですという原点に戻ったのですね。ここが非常に大事です。ここが自民党という政党の自衛権という言葉の解釈に深く関わっていたのですね。
ここで国連憲章第51条を見て下さい。「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」(第51条)。これが自衛権です。動機は分かりますね。武力による威嚇も武力の行使もしちゃいけない。先制攻撃もだめだ。それに反した国が出てきて、攻撃された。その国に対して制裁を加えるのは国連安保理なのだけれども、制裁を実行する前にやられっぱなしというのはかわいそうなので反撃してもいいですよと。反撃する際に一国だけでやるのは個別的自衛権の行使、よその国と軍事同盟を結んでつるんでやるのを集団的自衛権の行使。この集団的自衛権の行使が、第二次世界大戦後、戦争が無くならなかった最大の理由です。アメリカと軍事同盟を結んだ国と集団的自衛権の行使としてやった、ベトナム戦争だってそうです。アメリカと南ベトナムとの間の2国間軍事同盟にもとづく集団的自衛権と称して、アメリカは北爆をしたのです。アメリカの艦船がトンキン湾で爆破された事件、トンキン湾事件をデッチあげて行ったんですけど。
けれど日本の場合はね。自衛隊ができたのは1954年、朝鮮戦争の中で再軍備の流れが出来てきたのですね。自衛隊を創った人は軍隊を創ったと思っていますから、憲法を変えないといけないと思っている。憲法を変えるためには2大政党、一つの保守党だけではだめで、2つの大きな保守党が一緒にならなくちゃ、ということで1955年当時の自由党と民主党が合体して出来たのが自由民主党ということでしょ。初代総裁が鳩山一郎です。鳩山兄弟は絶対信用してはいけないですよ。血筋として改憲の家ですから。
それはそれとして。3分の2以上を取ろうとしたが取れなかった。憲法を変えるということは、国民が絶対に許さない。自由民主党という政党はね、自衛隊を創ったのに九条は変えられないという結党当初から股裂き状態にあるんです。そうしたら、どう説明をしてきたかというと、先ほど言ったように、自衛隊は憲法九条第2項と合致しています、陸海空軍その他の戦力ではございません、自衛のための最低限の実力でございます、日本の領海内に攻撃があった時に実力行使をして反撃するだけなので交戦権は認めなくてよいのです。大した説明ですね。ずっとそう言い続けてきたのです。だって国民は軍隊をつくったじゃないか、憲法違反じゃないかと文句を言っているわけですから。
毎回予算委員会で、自衛隊の装備としてなにを買うかということを議論する際、必ず九条第2項をめぐる議論をしているわけですよ。これは有名な話ですが、アメリカの自動車会社からタンクを買う時、野党議員が、「総理、今度買う装備は数年前までは戦車と言っていたでしょう、戦車が自衛隊の装備として配備されるなら、自衛隊は陸海空軍その他の戦力に当たるんじゃないですか」と質問したら、第4次吉田内閣の吉田茂首相が答弁に立ち、「あの車両は戦車ではございません、特車でございますと」と言った。みなさん、笑いごとではなくて、こういう議論が必ず防衛庁の予算が審議されるときやられているんですよ。笑いごとではないでしょ。今私が究極の解釈改憲法だと思っている海賊対処法では、海上自衛隊の護衛艦がアデン湾、さっき言ったシーレーンに行っているでしょ。暇だったら護衛艦というのを広辞苑で引いてみると、駆逐艦とでている。だったら駆逐艦と最初から言えよ。だけど「駆逐」というのは攻撃的な言葉ですね。そういうのは自衛隊の装備としては持っていてはいけない。もっと暇なら、駆逐艦というのを和英辞典で引いてみると、destroyerと出てくる。破壊者です。そうやって自衛隊が持っている装備は全部戦力ではございません、実力ですと言ってきた。だから自衛隊は実力行使をするだけです。だから、たとえ日米安保条約という2国間軍事条約を結んでいても、戦争ができるアメリカ軍と戦争ができない実力である日本の自衛隊が一緒に合同することが出来ませんというのが、集団的自衛権は憲法違反ですということです。そして日本の領海内で攻撃されたときに実力行使を使う。したがって日本の実力装備は日本の領海内でしか使えない。外に出ると使えない。従って、結果として自衛隊の海外派兵は憲法違反です。こういう路線で自民党はずっと来ているんです。 宮沢さんはこれをしっかり守ったんです。非常に厳しく。だから自衛隊が行けるのは非戦闘地域、戦闘が完全に終わってもう実際にそういうことが起こってない地域、この縛りが小泉純一郎を縛ったでしょ。完全武装の陸上自衛隊を派遣、国会で議論になりました。どうしてイラクという国が戦闘状態なのに、サモアだけが非戦闘地域なのかと。そうしたら、追いつめられた小泉純一郎は、居直って自衛隊が行く所が非戦闘地域なのだと。ちょっと待てよ、因果論が逆転しているんじゃないの。小泉さん行き詰まちゃって、武器も使ってはいけません、自衛隊員が持って行くのは、非戦闘地域なので武器は持っていかない、警察が自分の生命を守る正当防衛に必要なピストルと棍棒ぐらい。PKOで行く自衛隊員は自衛隊法ではなく警職法を流用して警察官を縛る法律の下で武器を持っていく。だから重装備の陸上自衛隊は使えない何も使わない装備を持っていくでしょ。
非戦闘地域かどうかの問題で、2008年4月17日の名古屋高裁の判決は、イラクの現状を調べて航空自衛隊の協力していたことは戦闘行為ではないかということを、裁判自体は負けましたが、イラクで航空自衛隊がやっていることは憲法9条違反だということを明確にしました。それに怒った田母神がぶっちぎれてああいう体たらくになった。

◆世界は憲法九条の存在とその凄さを知った
そして何よりも、90年から92年の日本の国会における憲法論議を通して、世界中の普通の人が、日本が憲法九条を持っているということを知っちゃったんです。それまでは、日本研究者の専門家がかすかにその九条があったかなというぐらいだったんです。どんどん日本は軍備を拡張し、バブルの時には防衛費は1%以下でも、何だって買えちゃう。普通の人が見ていると、アメリカ軍と一緒に演習したりアメリカ軍と同じ装備を持った日本の自衛隊の姿を見て、絶対湾岸戦争に出ると思った。ところが見ていると、出てこない、出られないんだと。オレたちが軍隊だと思っていたのが、国際連合加盟国の空軍、海軍、陸軍ではなく、日本の自衛隊は、self-defence forces で軍隊でないらしい。アメリカ軍と同じ装備を持ち演習では使えるが、本番では使ってはいけない。自分たちの領海では使ってもよいが、外では使ってはいけないらしい。凄いものをもっていると。特にアジアの中国や朝鮮半島の人々は、いままで日本は軍事大国化していると思っていたが、軍隊じゃなかったんだということに気がついたんです。
アメリカの最大の同盟国日本が、アメリカと全く違う考えを持っている、なんという凄さだと。中東の人たちは九条の問題に日本人以上に熱いですよ。もう寂しくなったら中東を旅してください。九条の会の者だといってね。有明集会のときも、日本の新聞はこれぐらいの小さな記事だったでしょ。クウェートの新聞では一面ぶち抜きですよ。大江さんが喋っている時、どれほどの人が集まっているか分かるほどのパノラマ写真が入って、呼びかけ人の講演は全文翻訳して載っている。日本のテレビが「九条の会」の報道をしなくても、アルジャジーラがちゃんと報道してくれる。皆さんもこの集会をアルジャジーラに言うと全世界に流れる。いや笑いごとではないんです。
憲法は権力を縛る、軍事行動を出来なくする力を持っているんだ、ということを全世界の人が知ったんですよ。日本ではね、自衛隊が海外派遣されてしまったという敗北感のみが皆さんの中にも漂っている。でも九条の凄さは、あの時証明された。そして2000年代の小泉がブッシュに追従するなかで、ばっちり九条が大事な役割を果たしたんです。そして私たちはもう一度九条をきちっと守っていき、そして活かしていく、という世論を作っています。

◆草の根の「九条の活動」を
そして、2008年に逆転しましたよ。2009年はどうでしたか。読売新聞が世論調査をやっている4月第一週、日本は北朝鮮ミサイル報道だらけでした。4月5日に北朝鮮が、ミサイルを打ち上げた(実はロケット)号外まで出した。10日前の核兵器廃絶のオバマ演説がかき消されてしまった。これがまさに日本のマスメディアなんです。マスメディアのやり口なんですよね。今までだったら、それで総選挙でも騙されていた。でも、2009年は、4月第一週だけ騙されて、もう一度「憲法を変えても良い」が51%になった。まだ流動的なんです。せめぎ合っている。沖縄の普天間基地問題で最大の問題は、なんで日米安保条約がこんなに対米従属的なのか。そういう怒りが国民の中に沸々と煮立ってきた今年2010年4月第一週はもう一度、「憲法を変えない方が良い人」と、「憲法を変えた方が良い人」が、拮抗していますよね。
ですから私たちが運動の力を緩めるともう一度押し戻されちゃうんです。大事なことは、それぞれの地域の人たちと堅く私たちが結びつき、この九条問題で絆を強めていけるかどうか。全国でいくつもの自治体で住民の過半数の署名を実現した「九条の会」がありますが、そこが今頑張っているのはね、署名をしてもらったことで終わらせないで、署名をして頂いた方々に九条の会ニュースを必ず届ける、そして一緒に頑張って行きましょうねと、関係をずっと続ける。そういう地域のある意味でのセイフテイネットワークの役割を「九条の会」が担っている。頼りになるのは「九条の会」だけだと言われて喜んで良いのか分からないですが。
つまり、この90年代から2000年代にかけて私たちの草の根からの運動が、今まさに徳之島までも超党派でしょ、沖縄県議会も超党派で、だんだんみんな「九条の会」的になってきている。その運動を今、参議院選挙を前にした形で、いま九条を巡る問題は、どういう政治の焦点になっているのか、これを正面から何時どんな時にでも訴え続けて行けるのが九条の会の活動なのです。別に選挙があろうがなかろうがかまわないですから、その対話をどれだけ多くの人と続けていけるのかがいま問われています。

◆「核の傘」・「核抑止力」を疑う
じゃあ今、対話の最大の課題は何かというと、アメリカの核の傘で日本を守る、核抑止力ですね。これはソ連があったから有効だったでしょ。ソ連の核の脅威に対しアメリカの核の傘に入る。しかし1991年にソ連は無くなってしまい、本当はいらなくなった。だけどアメリカのクリントン政権は、北朝鮮が核開発をしていることを煽りに煽って、これを危機の最大の要因に仕立てたでしょう。そして第二次朝鮮戦争勃発かという危機になったのが93年、94年ですよ。細川政権の時、アメリカが朝鮮有事の際、日本の自衛隊が協力することも含めた“密約”が暴露されましたね。これが正にあの大きな問題になった。でもね、アメリカが北朝鮮に対して軍事行動をとる際に、細川政権の与党に日本社会党が入っていたでしょ、日本社会党は当時朝鮮労働党の友党だった、日本社会党を政権からはずさないと、アメリカの軍事行動に協力できない。日本社会党を政権からはずすためには、細川を政権から降ろさなければならない。総理大臣を辞任に追い込むためにはよっぽどのことがないとうまくいかない。鳩山さんは、よっぽどのことがなくても辞任しそうですけど、よっぽどのことがない限り辞任させられない。予算案が通過しないことが一番いい。これが小沢一郎が仕掛けて、絶対に実現しない用途を決めた“国民福祉税7%”というのを94年度の予算に入れさせたことです。消費税3%の代わりにこの国民福祉税7%を94年度予算案に急遽突っ込んだ。この予算案作成の中心人物が斎藤次郎という男でしょう。ちょっと皆さん、このあいだ、その映像が流れていたはずですよ。大蔵官僚だった斎藤次郎が国民福祉税法案を、細川護煕が深夜の国会で小沢一郎に睨まれるようにして記者会見に出してやったんです。ところが、これが通らなかった。4月8日、突然細川が辞任します。そして日本社会党が政権から離脱し、新党さきがけの鳩山たちも政権から離脱して、小沢グループだけ、つまり自公政権みたいになったんですよ。羽田孜の少数与党政権です。この時にクリントンは北朝鮮に軍事攻勢をかけようとして第2次朝鮮戦争勃発かという危機が訪れた。第2次朝鮮戦争が勃発しなかったのは、韓国の血を流した民主化闘争を経て、韓国の大統領は金泳三でしたが、大統領選挙で戦った金大中を青瓦台の大統領府に呼び、この問題をどうするか議論した。もしアメリカが北朝鮮に対して軍事行動をとったら、その時アメリカのクリントンは韓国に小型原子爆弾、小型核兵器を使わせてやるよといってたんですよ。一発でピョンヤンをやっつければよいと。でもそんなことになれば韓国の民主化の成果は一切水の泡になる。断固として拒否する。アメリカが北朝鮮に攻め入るなら、韓国軍はアメリカ軍と戦うとまで言って拒絶したんです。これでクリントンも打つ手がなくなり、94年6月16日カーター元大統領を大統領特使としてピョンヤンに派遣して、北朝鮮は核開発を止めなさい、アメリカが毎年50万トンの石油を供与します、2003年までには原子力発電をワンセット上げますから、こういう約束をした。
これで事なきを得たと、みんな思った。だから自民党の河野洋平さん、たった一人だけ総理大臣になれなかった自民党総裁、この時動き出して、自民党の方が議員が多いけれど、念願の日本社会党委員長の総理大臣にしてやるから連立を組まないかと呼び掛けて日本社会党もOKして、村山富市日本社会党委員長を総理大臣にする、自民党、日本社会党、新党さきがけ政権ができたのが95年6月30日。この時は、小沢一郎と鳩山由紀夫は対決していたんですよ。そのことをしっかりと思い出さなければ。
けれども誰も予想しなかったが、7月8日にカーターと約束した金日成主席が突然死んでしまった。息子の金正日が主席になろうとしたが、クリントンが大統領のような大事な政治的椅子を世襲制で継ぐのは、そんな独裁体制は許せないといい、一気にまた危機が高まって7月20日小沢一郎が仕掛けた質問で、村山富市さんは、日本社会党の方針を180度転換させて、自衛隊の合憲、日米安保条約堅持を言わされちゃった。これだからアメリカと対峙出来なくなってしまった。だから、村山富市さんが止めた後、橋本龍太郎が総理大臣になった時に、普天間基地を返せという交渉がようやくできた。今の政治状況と90年代のこととが全て関わり合っているんですね。

◆「核兵器のない平和な世界」実現は日本政府の責務
一番大事なことは、北朝鮮問題を交渉の道具にしないこと。北朝鮮問題があるから九条を変えてアメリカとくっつけと言ってたでしょ。今、北朝鮮問題と言えば、日本では、拉致家族問題しか言われておりませんが、何が最終目標かといえば、6カ国協議で朝鮮戦争を終わらせることなんです。2003年に韓国と北朝鮮は朝鮮戦争を終わらしているんです。南北首脳会談で。アメリカと北朝鮮の間では終わってないんです。1953年私が生まれた年に休戦条約、私も間もなく57才になりますが、57年の長きにわたりお休みだとして、終わっていないのが朝鮮戦争なんです。何故朝鮮戦争が終わっていないのかと言えば、終わらせるとアメリカ軍が単なるアメリカ軍になってしまう。朝鮮戦争は、国連憲章第2条に違反した北朝鮮に対して軍事制裁をするといって国連安保理決議で決めている。第42条です。日本を占領していたアメリカ軍が国連軍として朝鮮戦争に出ている。日本のアメリカ軍は米軍司令部と言うでしょ。でも韓国のソウルにあるアメリカの軍司令部は、ニュースでアメリカ軍司令部と言わないで、国連軍司令部と言っているでしょ。そこの命令を受けて在日米軍がいる。この金看板を無くしたくないからアメリカは朝鮮戦争の講和条約、すなわち平和協定を結ぶことを、ずっと拒否してきたんです。

ようやくブッシュが他になにもよいことをしなかったバカな大統領になりそうだからというんで、北朝鮮をテロ支援国家指定から外して、前進させようとしたでしょ。その後、拉致家族問題で、安倍政権、福田政権、麻生政権がずっと足を引っ張ってきた。日本が態度を変えれば大きく前進します。北朝鮮を、みんな、非核化しようとしているでしょ。韓国は非核の国です。日本は唯一の被爆国で、非核三原則の国、六カ国協議のうち3カ国は非核の国です。それと世界第1位の核保有国であるアメリカと、第2位のロシア、第4位の中華人民共和国が一緒に交渉しているわけです。この交渉が成り立てば、講和条約を結び、直ちに安全保障条約を結ぶことになります。非核3カ国が、あなた方核保有国が何年何月何日までに完全に核兵器を“0”にするという約束をこの条約に盛り込んでこそ、本当の東アジア安全が得られるでしょうと主張すれば、世界から大喝采が得られるでしょ。文句は言えませんよ。
これを予期していたからオバマ大統領は2009年4月5日、唯一、核兵器を使用した国としての道義的責任を持って核兵器廃絶に取り組んで行く、それには全世界の協力が必要と訴えたでしょ。直ぐに応えるべきだったのは、唯一つの被爆国の総理大臣麻生太郎だったんじゃないですか。なのに麻生は、核の傘はどうなるのか、などとうろたえている。今日本政府が「いまアメリカの核の傘はいりません、核抑止論なんかいうのは全然根拠がないんじゃありませんか、核兵器なんか持っているから他の国も持ちたくなるんじゃないですか、やめたらいいじゃないですか」と言えば、一気に問題は解決するんです。いまその正念場です。そのNPT条約見直しがこの5月に議論されます。

◆九条の思想が世界を変える
なんだかね、アメリカに行く人の多くが「九条の会」の会員のようです。まさにいま、九条の思想が世界を根底から変えようとしている。今まで、夢や理想と思っていたことを、私たち名もない草の根の庶民が現実のものに出来る、そういう時代に入ってきた。
今日は有難うございました。

高田 健 講演録

若葉・九条の会2008/3月/23日 みつわ台公民館

憲法九条のいまと「九条の会」運動
―――日本の九条から世界の9条へ―――

はじめに
こんにちわ、高田です。1時間20分ほど時間を頂いていますので、頂いたテーマについていろいろとお話してみたいと思います。
実は、私、昨日はアメリカ大使館の前で市民の方たちとデモをやっていました。イラク反戦のデモです。1500人ほど集まりましたが、新聞には載らないんですね。クルド人の日本に亡命している親子たちが、大勢デモの先頭にいました。そして「NO! WAR」「YES!PEACE!」と叫んで、私も一緒に歩きました。
3月20日でイラク戦争は満5年になるんです。3月20日前後に「ワールドピースNOW」としてデモをしています。まる5年経ってみて、このイラク戦争というのは何だったのかと、最近は新聞の社説も書いています。これが今も続いている。私たちはともすると忘れがちになりますが、いまだに、日本の自衛隊がこの戦争を、アメリカを、手伝っている。航空自衛隊です。この前一部帰って来たのは陸上自衛隊です。航空自衛隊は、今もイラクにいてアメリカを手伝っている。それから今年の1月に作られた法律で、インド洋の北部ではアフガニスタンの戦線で戦っているアメリカ軍とイギリス軍を支援するために、日本の海上自衛隊がこの戦争を手伝っている。

今、花がたくさん咲いていて、いい季節ですね。のどかです。しかしこの、のどかな日本から派遣されている自衛隊が、今、戦争をやっているということを私たちは忘れてはならないと思うんです。時々、忘れちゃうんですね。私たちの税金で派遣されて、爆弾を落とす手伝いをイラクとアフガンの戦線で今日、なおやっているということを・・・・。
先日のイージス艦の事件などでも思うんですが、彼らの意識には「自分たちは国のために戦っている」という非常に傲慢な考え方があるのではないか。彼等にいわせれば「今も戦っているんだ」という・・・。しかし、クルドの子どもたちは「戦争をやめて!」と言っている。日本は本当に政治亡命に冷たい国です。「自分の国にいられないから何とか助けてくれ」と日本に渡ってきた少数の人びとに対して亡命を認めてあげない。それどころか、その国に帰そうとまでするのです。イラクは2700万人の国です。そのうち国内難民といわれる人たちが200万人います。家を追われて国内をさまよっている人たちです。外国にいる人たちが約200万人以上。およそ450万人の人々がいまだに難民となっているんです。そして安全な水が飲めない人たちが40%だそうです。そして、400万人以上の人々が飢餓の状態にあるといわれています。この5年間、ブッシュの戦争を日本が手伝ってきた結果がこの状態です。それでいて先日「フセインを倒したのはよかった」とブッシュは平然と言いました。戦争を始める理由にした「フセインはアルカイーダとつながっている、大量破壊兵器を持っているからイラクを叩く」という予防戦争の発想を、ブッシュはしたのです。やられる前に叩くというのは、これは戦争では大変なことです。アメリカという大国の大統領が 2つの理由で攻撃した。ところが、この2つの理由は全くの嘘だったとアメリカの政府自身が認めている。この戦争で殺されてしまった人々はどうなるんだと思いますね。その数はわかりません。15万人という人、40数万人という人もいます。わかんないんです。その片棒を私たちの国が担いでいるんです。この「憲法九条」を持つ国がです。このことを最初にお伝えしたかったのです。昨日デモをしたものですから。

福田政権の性格 
今、政権は福田さんにあります。去年の9月に安倍内閣が替わりました。
安倍さんはその1年前の頃は、本当に勢いがありました。任期中に憲法9条を変えるんだと言っていました。明文改憲をすると・・。1期3年、2期6年の間に変えてしまうというのが安倍さんの目標でした。それで去年の参議院選挙でも155項目公約があった。みなさん覚えていないと思うんですが、155並べたその第1番が「新憲法の制定」だったんです。
それで安倍さんは負けたんです。大負けに負けた。その結果、政権を投げ出した。
では、替わった福田さんはどのような政権か。
安倍さんの政権はある意味で分かりやすかった。大変まずい政権なんですけれども、ちょっと硬い用語でいうと「新自由主義」と「新国家主義」が結合した政権だといわれました。アメリカのブッシュ政権の後ろにはネオコンといわれる人たちがいるといわれますが、これと似た政権だった。「教育基本法」なんかも非常に乱暴に変えてしまった。しかし、もたなかった。みんなから見て「どうもこの政権はあぶない」、ですから去年の参議院選挙で「これ以上政権を続けさせるのはいやだ」と、いろんな人がいろんなこと考えて野党に投票したんですね。その結果、安部政権は倒れた。私は、これは、日本の有権者の賢明な選択だったな~と思います。あのまま、もし、ああいう政権を許していたら、この国はどこまで暴走していったか。多分みなさんの「九条の会」も同じ思い、心配をしたでしょう。全国でたくさんの「九条の会」が出来てきた背景には、こうした安倍さんの動きへの危機感もあったと思います。今、市民が立ち上がらなければ大変と・・・。そういうことで全国6800以上の「九条の会」ができました。いまも次々と出来ています。

世論調査を見ますと、2004年に「九条の会」が出来て、それまでは「憲法九条は変えない方がいい」が少しづつ減っていたんですが2005年からは、どの新聞の世論調査でも「憲法九条は変えない方がいい」という声が多数になってきました。「読売新聞」の調査で見ても、「憲法九条は変えない」という人の方が多くなっている。「変える」という人の方がずっと少ない。「九条以外についてどこか1ヶ所くらい変えてもいいんじゃない」という意見はありがちなんですね。例えば「おもふ」なんて古い言葉で書いてあるから、「若い人にわかりやすく」というような意見も多くなっていましたが、このような意見も2004年を契機にやっぱり少なくなってきている。それで「変えた方がいい」という意見と「変えない方がいい」という意見が去年あたりは、非常に接近をしてきている状態です。だから、安倍さんの政権やその前の小泉さんの政権の下で、「この国は危ない方に行こうとしている」と多くの人が考えたのです。「九条は守らなければいけないよ」「この憲法を変えたら大変になるよ」と。そういう声が多くなったんですね。そういうみんなの気持ちの反映なんです。去年の夏の参議院選挙の結果は。

福田さんはハトの帽子をかぶったタカ
その後、登場したのが福田さんですね。彼は「背水の陣」だといって出てきました。この内閣はどういう内閣なのだろうかということを考えたいわけです。アメリカのブッシュに良く似た安倍政権の後出てきたのだけれども、皆さんもお感じと思いますが、とらえどころがないんですね。ひとごとのようなことを言う。安倍さんとはやり方が違う。1月の施政方針演説のなかでも「改憲」という言葉は殆んど出てきません。安倍さんの時には繰り返し出てきた「憲法改正」という言葉も殆んど出てこないんですね。そうすると、福田さんは安倍さんから見て“ハト派”なんでしょうか。安倍さんはモロタカ派ですから・・・。日本の政権はタカ派からハト派になったのかな?と思ってしまうような政権なんです。福田政権は・・・。ただ福田政権を見る場合、彼がこれまでやってきたことを見る必要があります。何をやってきたのかを。

まず1つ思い浮かぶのは、自民党は今「新憲法草案」というのを持っているのをご存知だと思います。自民党は今の憲法を変えて新しい憲法に作り変えるという草案を既に作っています。草案を作る時には、憲法は長いですから各小委員会というのを作ってやった。「憲法の前文小委員会」「第1章天皇制に関する小委員会」「9条の安全保障に関する小委員会」「国家機構に関する小委員会」という具合に・・・。そこで検討して案を作って全部つなぎ合せて「新憲法草案」というのを作ったんです。福田さんという人はこの草案を作る時の9条に関するところ、安全保障条項に関するところの小委員会の責任者だったんです。だから今の自民党の新憲法草案は9条を変えてしまうという案なんですが、これを作った責任者は福田さんなんです。福田さんは小委員長だったんです。因みに、前文の委員長はあの中曽根さんです。天皇制のところはなぜか宮沢さんだったんですね。
福田さんは今の自民党の新憲法草案を作った人なんです。9条2項を全部書き換えて日本は戦争ができるように自衛軍を持つようにしようと。
そして自衛軍の仕事は3つだと書いてある。この新憲法草案に・・・。1つは国防(国を侵略から守る)もう1つは、ハッキリと、「海外で平和維持のために国際協力のための活動をする軍隊である」とかいてある。それからもう1つ書いてある。「国内の治安を守る」と。治安維持のためにこの軍隊は出動すると。自民党の新憲法草案の9条に関するところ、自衛軍の仕事はこの3つだと言っている。昔を思い出しますね。警察では手に余るような民衆の市民運動などが起きた時には、この軍隊が出てくるというんです。そういう草案を福田さんは書いた人なんです。だから、なにか掴みどころの無い憲法をそんなに急いで改悪しそうもないような顔をしているんですが、彼はヌラーっとしてそれを書いている。これは絶対に見ておかなければいけない事だと思うんです。
それからもう1つ、あの人は小泉政権前半の官房長官です。その時に福田さんは「派兵恒久法」という問題について検討させたんです。自分で官房長官の私的諮問機関を作りました。研究者を集めて・・・。「自衛隊を恒に外国に出しで活動出来るようにするにはどういう法律を作ったらいいか」を研究させたんです。これは報告書を出しています。2002年の12月に諮問機関に報告書を出させています。それが法案作成に入る前に彼は官房長官を辞めてしまうわけです。この「派兵恒久法」についての答申案は福田さんが官房長官を辞めた時点で“お蔵入り”になったんです。今度、自分が首相になったからこれを蔵からひっぱり出す機会が来たと思っているんです。今、やろうとしているんです。
もう1つ。福田内閣は、今の閣僚を自分で新しく選んだのではない。普通、首相になると新内閣を組織するのですが、安倍さんの内閣をそのまま引き継いだんです。「居ぬき内閣」と言われていますね。だから昨日まで「うどん屋さん」だったのが、今日からテーブルそのままで看板だけ架け替えて「ラーメン屋さん」になったのと同じなんですね。超タカ派の安倍内閣のメンバーをそのまま引き継いでいる。この6ヶ月の間、何んだかわからないことを福田さんはやっているように見えますが、いまあげた3つの点だけを見ても、そう生半可な内閣ではないのです。但し、ご承知の通り、参議院が半数ないわけです。これがいろんな影響をあたえています。「ネジレ国会」なんて言いますよね。なんか悪いことのよう、正常ではないように言いますが、これは、私は結構な事ではないかと思うんです。多数与党が決めたことがスーッと通ってしまうのでは国会の意味はない。議論、チエック機能が働かなければ意味がない。日銀の総裁の問題でも、ガソリンの問題や道路特定財源の問題でも、国民が知り、考えることが出来るようになったのは良いことではないか。

今、福田内閣支持率がどんどん下がっています。解散も出来ない。防衛省の汚職問題はどっかに行ってしまった。イージス艦の事故も許し難い。なんにもしない。しかし、私は福田内閣のこの6ヶ月間の最大の罪状は、自衛隊をインド洋北部に派遣するという新法を採択したことだと思います。せっかく11月に今までのテロ特措法の期限が切れて自衛隊が帰ってきたわけです。4ヶ月間自衛隊はインド洋でアメリカの戦争の手伝いをしないで済んだんです。しかし1月にこの新法を作って、それもものすごい強引なやりかたですよね。衆議院で決めて、参議院で否決されて、否決されたのをまた衆議院に戻して、衆議院が優先だと憲法59条を使ってこれでやったわけです。とんでもないことをやったわけです。これが福田さんのこの半年の罪状です。
そうして私が「福田さんは行き詰まるであろう」と考えるのは、この法律に関係するんです。この法律は1年間の時限立法なんです。「特措法」と言うんですね。航空自衛隊がイラクに派遣されている根拠も「イラク特措法」という特別措置法なんです。こんどの新法も特別措置法です。何故、特別措置法なのか。それは憲法9条との関係でそう簡単に認められる法律ではないんです。だから目的を限定して、期間を限定して特別に立法化するという主旨で特措法というのを作るんです。“特別にカンベンしてね”と。今度の給油新法も特措法で期限は1年です。1年と言うことは間もなく期限が来ちゃうんです。来年の1月までということは、今年の秋ごろから問題になると言うことです。私たちは、もう一度このことを考え議論するチャンスがあるわけです。延長するのか。認めるのか。認めないのか。使われる税金は、700億円ですよ。これだけのお金を使ってアフガンの人たちを爆撃する手伝いをもう1回続けるのかと・・・。

あぶない!「恒久法」・・この秋に問題に
アメリカが「今からアフガンを攻めるので日本も手伝え」と言った。2001年です。それからイラクを攻める時も、「今からイラクを攻撃するから日本は手伝え」と言ったわけです。そう言われるたびに「特措法」を作らなければならない。2001年の時には「ショーザフラッグ」(旗を見せろ!)、イラクの場合は「ブーツオンザグランド」(陸上自衛隊を出せ!)と言われたんです。アメリカが戦争をするたびに、日本の政府は「特措法」を作らなければならないんです。われわれも黙ってはいない。「戦争の手伝いをする『特措法』はいやだ」「憲法9条違反ではないか」と私たちは言う。だから、政府与党にとっては、「特措法」というのは困ったものなんです。それで福田さんが考えているのが、2002年の時から考えた「恒久法」というやつなんです。「特別」に対する「一般」、「時限」に対する「恒久」です。いつでも、何処へでも、自由に自衛隊を出せる法律があったらどんなに便利だろうと、ずーっと考えてきたわけです。「恒久法」に対する欲望は政府与党のなかにずーっとありました。しかしいくらなんでもそう簡単にはいかない。文字通り「9条あって無きが如し」になります。こんなのが出来ちゃったら大変ですよ。福田さんはこういうのを作りたいと思っているんですよ。これが、今、私たちの目の前にある大変な問題なんです。

今日みなさんに考えてほしいのは、今年の「平和の問題・憲法九条の問題」に関係する最大の政治問題はこの「恒久法」の問題だということです。問題にしなければいけない。スーッと国会を通ったりしてしまったら、この国は大変なことになる。今日のようなのどかな日に、日本の自衛隊が戦争をしていることが日常になることをわれわれが選択させられてしまう。私たちは、急いでこの「恒久法」の中身について勉強して、市民として意見を言っていかないといけないんです。「九条の会」に集まっているみなさんには是非お願いしたいんです。私たちは本当に9条が大事だと思ってる。そしてこの9条の価値を、世界からも認められている9条を本当に大事にして、これを指針にして、この国が運営されていくように望んでいる。それに真っ向から水をかけるような動きにこの「恒久法」がなっていることを私たちは気づかなければ・・・・。安倍さんが憲法を変えると言ってそれが頓挫した、一安心であることは間違いないけれども、「恒久法」という変化球で「憲法9条」を亡きものにしようとしていることを私たちは許すわけにいかないと思います。

次に「恒久法」といわれるものの中身を考えてみたい。実は「案」はないのです。出来ていない。2月末に与党協議会というものができて自民党と公明党でこの法案をつくることになっていた。ところが、協議会が未だに開かれていません。どうしてかと言うと、防衛省が次々と不祥事を起こしている中で、「恒久法」をつくるなんて言ったら公明党は支持されなくなるので与党協議会に応じるわけにはいかないと公明党が言っている。そんなわけで「派兵恒久法案」はまだ政府のなかではつくられていない。があるのです。
それは どこにあるかと言うと2006年の夏に自民党の安保防衛小委員会というところで「国際平和協力法案」というのを作った。委員長は石破防衛大臣です。私たちはこの「石破私案」を見ることによって、ある程度どんなものを作りたがっているかわかります。
レジュメに、いくつか特徴を書いておきました。

● 石破試案(06/8月)の問題点 ▲米軍からの要請でも、さらに日本独自の判断でも派兵できる。▲国家間の戦争でなければ戦闘地域にも派兵できる。▲外国軍隊や類似の組織とも連携できる。▲現地で起こる危害・破壊行為を武器で予防・制止できる。▲警護者や基地・車両などへの侵略行為を武器で阻止できる。▲国連決議や旗国の同意があれば世界中で船舶を臨検できる。▲群衆が暴行・脅迫やその危険があるときは武器で鎮圧できる。 
今、日本では、憲法の下で、戦闘地域には自衛隊は派遣できないことになっていますね。小泉さんのあの有名な言葉「自衛隊が行くところは非戦闘地域だ!」。しかし石破試案ではそうではないのです。自衛隊はどういう時に戦闘地域に駆けつけるか。あの佐藤さんという今度議員に当選した陸上自衛隊の“ヒゲの隊長”がとんでもないことを言いましたよね。イラクでオランダ軍がゲリラと戦っている、そこに自衛隊は支援に行ってはいけないんですね。だから、彼(佐藤さん)は今の法律を勝手に解釈して自衛隊の偵察隊を送って、その偵察隊が戦争に巻き込まれているということにして、それを助けに行くという口実で内乱に介入できると考えていたと。“駆けつけ警護”と言うんだそうです。
昔を知っている人は「同じだ」と思うでしょう。戦争を始めるとき、ちゃんと原因を作らせておいて、そこに日本人がいるから助けに行くという理屈をつけた。試案の表現は(暴動とかが発生する)おそれのあると認められた場合に、自衛隊はそこに参加できるというものです。行って治安維持活動をすると・・・。
だから、イラクの人たちが「アメリカ軍出て行け」とデモをしている。怒っている。これは暴動になりそうだと自衛隊が判断したら、「暴動」を鎮圧することが出来るという法律なんです。1つひとつ見ていくと大変な法律案なんです。
このような石破試案が、たたき台になって、早ければ今度の国会の最中に法案が出されるかもしれない。法案を出しても今度の国会で採択するのはおそらく不可能でしょう。そうすると継続審議ということになる。9月ごろから臨時国会が開かれます。6月の国会は大幅延長されません。サミットがありますから。9月秋の国会で法案を通したいと考えているでしょう。そんなことになったら本当に大変です。私たちも、よほど今頑張って勉強しないと・・。法案が通ったらどういう状態になるかということを想像して下さい。

イラクでの「ファルージャの虐殺」をご記憶でしょう。アメリカ軍が「ファルージャという町にゲリラが隠れている」と言って、ファルージャの町を封鎖した。完全封鎖してだれも町から逃げ出せないような状態にして総攻撃をかけた。病院でも何でもやった。これが「ファルージャの大虐殺」です。これを助けたのがイギリス軍です。ブレア政権はアメリカ軍と一緒にファルージャに踏みこんだのです。イラクの人たちからものすごい怒りを買いました。だからイギリスでテロがおきた。報復を考えた人たちがいたんです。テロに対してテロで報復するのがいいか悪いかは別問題です。私は賛成できませんけれども。しかし、そういう憎しみの連鎖をファルージャの虐殺はつくった。私は日本の自衛隊はこの派兵恒久法の下では、イギリス軍と同じになると思ってるんです。「日米安保体制」が「米英同盟」と同じようになります。世界の憲兵を名乗るアメリカに全面的に協力して「ポチ」と言われたブレア政権と同じ状態に置かれるんです。
「日米安保条約」の下では、日本の自衛隊はどこにでも出かけられるようにはなっていないんです。「極東」とはどこまでか?とか論議されたでしょ?しかし
「恒久法」は「日米安保条約」までも変質させられる。「憲法九条」は無きに等しくなります。そのことを「米英軍事同盟」に置き換えてイメージして下さい。アメリカが戦争をする所にイギリスのユニオンジャックあり。その脇に「日の丸」がある、と・・・。そういう状態を作りたい人たちがこの国にいる。

9条世界会議の意義
9条世界会議との関連の話をします。
イギリス軍は今世界の平和を願う人々の怨嗟の的になっています。恨みを買っているんですね。アメリカとイギリスは本当にとんでもない国だと・・・。5年前、全世界で1000万人以上の人たちがデモをやりました。日本でもパレードやデモが行われました。もしも派兵恒久法が通って、日本がアメリカ軍と一体となって戦争をするならば、世界中から日本はイギリスと同じように恨みの的になってしまう。
このところ、いろんなことを教えてもらう東京外語大の伊勢崎賢治さんという若い先生がいるんですが、彼はアフガニスタンで軍閥解体の仕事をしたのです。国連の仕事として日本人の伊勢崎さんがやるんです。そうして成功するんです。現在のアフガンをみれば、そう単純な問題ではないと彼も言いますが、其れはさて置き、軍閥は武器を出し、大砲などを取り上げるのに一時成功する。丸腰の日本人の彼が責任者になったチームの仕事が何故成功したかと考えると彼は「美しき誤解があった」と言うんですね。アフガンの人たちは日本人をズーッと誤解していたと。「憲法9条がある国」ということを知っている人が結構多い。あるいはヒロシマ、ナガサキの被害をアメリカから受けた国、悲惨な経験をした国として知っている。そういう国がアジアにあって平和を願っているということを知っている。「おお、日本人か」といって受け入れてくれるそうです。これを「美しき誤解」と伊勢崎さんは言うわけです。受け入れてくれている時に、日本は給油しているわけでしょう。イラクで人質になった3人の若者も「イラクの人たちは日本人に対して親近感を持っている」と言っていました。日本のボランテアの人たちは反政府勢力から攻撃を受けることはなかったんです。最近、実は日本もアメリカの戦争を手伝っているとわかって、ボランテアの人たちがやりにくくなっています。ペシャワール会の中村医師のような人々、薬を届けたいと考えている若者は「自衛隊よ来ないでくれ」と言います。そういう人たちが活動がし難くなります。不戦の憲法を持つ国が世界何位の軍隊を持っているのか。持っているだけでなくそれをアメリカと一緒に出してくるのかと。
「9条世界会議」の非常に大事な意味がここにあると思っています。
この5月4日、5日、6日と幕張メッセで「9条世界会議」が開かれます。
これは、2年半ほどまえから、ピースボードの若い人たちと夢を語ることから始まったのです。目前にせまって、「なんとか成功させたい」と若いボランテアの人たちと頑張っています。

私なりには、この「恒久法」との関連で、日本が世界から「平和の敵」と見られる道を選ぶのか、日本の市民は憲法9条を守り生かしたいと考え世界の平和を願う人々と一緒に討論する。その会議を成功させたい。この時期に「9条世界会議」が果たす役割は大きいと考えています。「憲法9条」は夢、理想でもあります。この戦争の時代に。またこの国をどうするのか、目標でもあります。

1999年にオランダのハーグで1万人くらいの人々が世界各地から集まって世界の平和実現にむかってどうするかと言う大討論集会をやりました。そこで10項のアジェンダというのが出されました。その第1番が「日本国憲法の第9条」です。1999年オランダのハーグで、世界の平和を願う人々が「日本国憲法9条の価値についてもう一回これを大事にして、世界各国政府が9条のような考え方を取り入れるように、平和を願う市民は頑張ろうではないか」と目標の第1番目に掲げたのです。その時のリーダーがアメリカのコーラ・ワイスです。彼女が今回、基調報告をします。それから2006年にカナダのバンクーバーで「世界平和フォーラム」が開かれました。ここでも「日本国憲法9条の価値を確認、これを広め世界のものにして行こうではないか」と話し合われたのです。この時、カナダの市会議員だったエレン・ウッズワースという人も来ます。(5日の「女性のシンポジウム」)。このように、世界の平和運動のなかで日本の憲法9条の考え方「戦争では平和はつくれない」と言う考え方を潮流にしようと動いています。9条はもう世界のものになりつつあります。大規模な国際会議は容易ではありませんが成功させたいと考えています。プログラムを見て、みなさまも、幕張メッセのオヒザモトですからご参加ください。そうして、日本の市民は改憲の動きに抵抗し、9条を守って生かす道を選ぶと明らかにして、宣言したいのです。

ボリビアという国があります。安倍さんの時にボリビアの新しい大統領が来て首脳会談をしました。その時にボリビアの憲法に日本の9条のような条項を入れたいと言いました。新聞に小ちゃく載っていました。5月4日に「ボリビアは国際紛争を武力により解決しない」という条項を入れた新しい憲法を採択するそうです。ボリビアには「外国軍隊の基地を置かせない」とも書いてありました。平和憲法は現実的ではないのではないか、日本だけじゃないか、いやコスタリカがある、そして、27カ国くらいの平和憲法を持つ国を挙げていましたが、ボリビアがそれに加わると言っているわけです。私はこのことに確信を持った方がいいと思います。中南米での大事な流れです。
幕張メッセで開かれる「9条世界会議」は世界史的に考えて価値のある会議です。今日、「若葉・九条の会」のみなさんが「9条世界会議」のプレイベントとしてこのような機会を作ってくださったことをありがたいと思っています。こういう、1つひとつの力を集めて、幕張の世界会議を成功させたいと思って
います。私たちは外国の人の力を借りて9条改憲阻止をやろうなどとは考えていません。志はもっと高いところにあります。
この世界会議は、世界の中で平和憲法9条の価値というものをお互いに市民が確認をして、それぞれの国で、地域で活かして行く集会です。

最後にこのような9条世界会議を構想しつつ
私たちの課題について話します
最近「改憲議員同盟」というのが総会をやりました。これは、正式には「新憲法制定議員同盟」といいます。これが3月4日に総会をやりました。この同盟の会長は中曽根康弘さんです。この「改憲議員同盟(略称)」は、昔は「自主憲法制定議員同盟」と言っていました。1955年に出来ています。誰たちがやったか。あの岸信介さんたちです。この人たちは毎年5月3日頃になると、九段会館などで「自主憲法制定だ」という集会をやっていました。あんまり集まりませんでした。これは、超右派なので(政府関係がやる改憲派の集会がもう一つあった)。これは岸さんが亡くなってから、事実上開店休業状態でした。それを、昨年ですけれども、ちょうど安倍さんが頑張ってた頃ですね、中曽根康弘さんが改憲の流れに乗ろうと復活させたのです。それで、自分が会長になった。
これが今年の3月に総会をやりました。これの役員(顧問)に鳩山由紀夫さんが入ったんです。羽田孜さんも顧問に誘われたが病気を理由に断ったそうです。
それから前原誠司(民主党元代表)が副会長になりました。ですから、以前隅っこの方でやっていた超右派にこういう人たちが乗っけられたと言っていいでしょう。なんでそうなったか聞いてみたんですが、中曽根さんが直接電話したそうです。なかなか断れないんだそうです。総会当日は参加しなかったそうですが、鳩山さんは役員名簿に載っています。
顧問:鳩山由紀夫(衆・民、新任)、伊吹文明(衆・自、新任)、亀井静香(衆・国、新任)、安倍晋三(衆・自、新任)、谷垣禎一(衆・自、新任)、副会長:前原誠司(衆・民、新任)、渡部英央(参・民、新任)などなど。

これは怖いと思います。超右派の動きに対して民主党の一角が参加をして役員になるというのは・・・。まだ他にも15人位の民主党の議員が参加しています。こういう動きが福田内閣の下で始まっていることに注目をして頂きたい。この総会で運動方針はプリントで出なかった。運動方針の演説をしたのは愛知和男という人です。私はこの愛知和男には多少因縁があります。憲法調査会に私が公述人で呼ばれた時、質問に立ったのが愛知和男という人物です。「高田さんは憲法改正に賛成ですか、反対ですか」と言うから「反対です」というと、「反対の人の意見を聞いてもしょうがないから質問は省略します」と言ったのです。呼んでおいて、ひどい奴です。反対の意見も賛成の意見も聞くために公聴会というのはあるわけでしょう。一度落選して復活した人ですが、ゴリゴリの超右派です。その愛知和男が総会の運動方針演説のなかで、なぜか「九条の会」に触れている。「近頃、九条の会というのがあって、全国隅々に九条の会をいっぱい組織しているそうだ。私たちの目標を達成するためにはこの九条の会に負けないように、私たちも草の根でこういう運動をつくらなければいけない」と・・・。

この前「九条の会」の講演会で澤地久枝さんは「そういうことを言うなら貴方は国会議員を辞めてから言いなさい。国会議員を返上して一市民に戻ってやりなさい」と言ってやりたいといいましたがそうですよね。しかし「九条の会」にこういう敵愾心を燃やしているのは間違いないんです。安倍政権がひっくり返って、改憲の運動が勢いを無くした。もう一回盛り上げたいとして、鳩山さんなんかを引き込んで、草の根で右翼を組織したいと考えているようです。ことさらに、この動きの危険性を大きく言うつもりはありません。自民党の中でもまだまだ少数派です。しかし賛同した議員の数は衆議院の過半数を超えています。賛同署名を取ったんです。公明党からも15人くらい賛同しました。だからこれは、侮るわけにはいかないのです。明文改憲を狙っている人たちはこんなに一生懸命なって「九条の会」に対抗しながらやっているということを報告しておきたいのです。
最後の最後にもう1つ、今、国会の中で「憲法審査会」という問題があります。これは、去年(2007年)の5月にできた「改憲手続法」・・・国民投票を2010年からはいつでもやることが出来るという法律・・・を去年安倍さんは強行採決したわけですけれども、この時に その準備のために(憲法改悪のための国民投票をやるには)は、まず「改憲案」をつくらなければならないわけですが、その<案>を作る機関が必要なんです。そのために「改憲手続法」には、「憲法審査会」を置くとなっている。それはどうなっているかというと、法律(改憲手続法)は5月(2007年)に通りましたから、「次の国会から設置する」となっています。ですから 秋の臨時国会(安倍さんが倒れた)に自動的に「憲法審査会」が出来るはずでしたが、しかし今、無いんです。これは、国会で言う<ハコだけができた>という状態です。「憲法審査会」を作るには「審査会」をどうやって運営するかという運営規定のようなものが必要ですし委員の推薦も必要です。ところが、<運営規定案>を与党が出したのですが野党がその審議に応じていません。「委員を出してください」と言っていますが、野党は出していません。「もっと審議を尽くせと言ったのに、強行採決をした。                                 
まして、参議院では18項目もの付帯決議をつけたという無様な法律ではないか」と・・・。「問題大有りの法案なのだ、強行採決で通ったからといって、応じられない」と野党は結束して反対しています。これが、あの人たちには困るんですよ。読売新聞などは社説で「憲法審査会」を即時始動させよ!と書いています。「改憲手続法」が出来ているのに「審査会」をつくらないのは、国会が法律違反をやっているという理屈です。野党はダダッ子に等しい。問題があるのなら「審査会」を動かしてこのなかで議論すればいいという、いつもながらのきれいごとです。だから出来るだけ早くこれを動かしたいのです。審査会のなかで「改憲案」を作りたいのです。いつから作れるかというと、「2010年から作っていい」となっています。先ほど申しました「改憲議員同盟」がこれと関連してきます。中曽根康弘というのは、こういうことをやっぱり一生懸命考えているんです。この「憲法審査会」を動かすためには野党を巻き込まないことにはどうにもならない。だからなんとしても野党の一部を取り込んで「審査会」を動かしたいというのが、中曽根さんたちの狙いです。
このことを、私たちは警戒をしておかなければいけない。案外ドタバタと話し合いでこういう機関が動いてしまうことがあるんです。いつも公開でやってくれるわけではなく、与野党幹事長会談とかで、「あんまり全部喧嘩していないで、たまには協力するのもあっていいか」とかで、ドタバタッといく可能性もあるんですね。ですから「憲法審査会」の「始動」に反対する署名運動なども含めて、声をあげることも必要です。

いろいろ ズ~っと一気にお話をしてきました。いろんな動きがあって、ヒトスジナワではいきません。しかし全体の世論は「憲法改悪はダメだ、とりわけ9条を変えてはいけない」が多数です。非常に根強い。どこまで徹底しているかは議論がありますが、戦後の民主主義のなかで、平和を願う声は根強い、これが改憲派にとっての大きな障害物です。これを何とかして潰したいと思っているのです。
「9条世界会議」の中心になっている人たちは、本当に若い人たちです。若い人たちが一生懸命「憲法9条」について考えています。
「九条の会」の会合にいくと「高田さん、九条の会は年寄りばっかりだ」とよく言われますが、今、「9条世界会議にボランテイアとして手伝いたい」と100人以上の学生が言って来ています。私たち年配の者は無理に若い人たちに理解してもらおうといろんな言葉を考えたりしないでいい、私たちがこの9条をどれだけ大切に思っているか、どうやって守っていくか、闘いと活動を示すことが結果として理解してくれることになると思います。「若い人を入れなきゃ」も大事かもしれないけれども、同世代で話が通じる人々もいっぱいいるでしょう。そういう人たちに「9条世界会議」の呼びかけもして、「派兵恒久法」の問題も話して下さい。父母、祖父母の活動を見て、若い人たちも行動を起こしてくれる。東京では、学生の9条ネットワークもできてきましたし。イラク戦争が起きたとき(5年前)東京で突如5万人のデモが起きました。それまで、年配者は「今、若者はどこへ行った」と嘆いていましたが・・・・・。
「9条世界会議」にも大勢の若者が参加しています。そういう人たちが9条の問題を自分の問題として立ち上がる時が来ると信じています。あんまり心配せずに,私たちは私たちの出来ることをしていきましょう。今日はお休みのところ、こういう話を聞いていただき本当にありがとうございました。

“国民投票法”の国会成立にあたって

若葉・九条の会世話人会

5月14日「日本国憲法の改正手続に関する法律」(通称、国民投票法)が参議院本会議において自民党・公明党のみの賛成で可決・成立しました。
この法律が実際に施行されるのは3年後の2010年で、それまでは凍結され、憲法改正原案そのものの提出・審査はできません。しかし、次の国会(参議院選挙後に臨時国会が開催されればこの夏)から衆参両院に設置される「憲法審査会」において、憲法調査という名目で、3年間の凍結が明けるのを待たず、憲法改正原案の骨子・要綱案の作成など実質的な憲法改正論議は始められる可能性があります。
安倍首相は5年以内に憲法を「改正」すると明言し、それを受けて自由民主党は、4年-5年後(2011-12年)憲法改正の国民投票を実施することを想定し、それまでの日程表を作成していると報道されています。中川秀直自民党幹事長は「今度の参議院選挙で選出される参議院議員は、任期6年間の間に必ず新憲法発議にかかわることになる」と語り、今年7月の参議院選挙の改憲日程における重大な位置付けを強調しています。
いよいよ、戦後米ソ冷戦の開始とともに始まった、憲法第九条(戦争の放棄、戦力不保持、交戦権否認)を廃棄し、米軍と一体となって戦争が出来る軍隊を持つようにというアメリカの執拗な要請にもかかわらず、施行以来60年間堅持し今日の日本の平和的繁栄の基礎となってきた日本国憲法、特に第9条の改定が具体的な日程に上ってきました。

わたしたち「若葉・九条の会」は、“国民投票法”の国会成立という事実を厳粛に受け止め、安倍首相や自民党執行部などが目指す「憲法九条を変え、日本を米軍と肩をならべて戦うことができる国にする」ことに反対し、日本国憲法とりわけ第九条を守るために一層粘り強く運動を展開していく決意を改めて表明します。

また、今国会で成立した“国民投票法”が、国会論議中に次々と明らかになってきたように、国のあり方を決める根本法規である憲法を“変えるか、変えないか”正々堂々と国民的論議することから逃げ、自由な国民投票運動を意図的に制限しようとする重大な欠陥を持っています。憲法改正原案の提出・審査だけでなく、日本国憲法の改正手続に係る法律案を提出するために次国会で設置される憲法審査会は、今国会で成立した“国民投票法”の附則および付帯決議で提起された諸課題を始め以下に延べるような、この法律が持つ国民主権や民主主義に反する条項を見直し、主権者である国民が自由に国民投票運動に参加できる法律に変えるための審議に集中することを要求します。

●最短60日と短すぎる発議から投票までの期間
憲法改正案が発議されてから60日以降180日以内に国会が議決した期日に国民投票を実施する(法律第二条)ことになっており、最短60日も可能である。憲法改正案の内容が、国民の中にあまねく周知徹底するためには、発議から投票までの期間が短すぎると考えられます。

●最低投票率の規定が無く、2-3割の賛成で憲法が改正される可能性
国民投票が成立する最低投票率の規定がなく、投票総数の過半数で憲法改正が成立します(法律第九十八条第2項)。投票総数には白票が含まれず、場合によっては2-3割の国民の賛成で憲法改定が行われる可能性があります。住民投票は有権者の過半数が住民投票成立条件となっています。憲法改正に相応しい最低投票率を設定すべきです。

●公務員・教育者の自由な国民投票運動への参加の制限
公務員および教育者の国民投票運動への参加が「地位利用による国民運動の禁止」という形で制限されています(法律第百三条)。なにが「地位利用」にあたるか明確な規定も無く幾らでも意図的な適用ができ、行政処分の対象になります。約400万人の公務員、約130万人の教育者の、本来日本国民であれば誰でも似保障されるべき、自由な国民投票運動への参加が大きく制限されることになります。法律第百三条の廃止を要求します。

●公務員の公務員法による政治的行為の制限
公務員は、国家公務員法、地方公務員法により政治的行為が制限されています。公務員が自由に国民投票運動に参加するためには、例外措置を法律で定める必要があります。例外措置については、自民・公明両党と民主党との間に合意が成立していましたが、「これでは改憲阻止法になってしまう」という強い自民党内の反対で、見送られました。例外措置に関する条項を法律の中に設けることを要求します。

●無制限の有料広告放送により、金力によるマスメデイアの独占される可能性
現在の世論形成においてテレビ、ラジオをはじめとするマスメデイアは決定的に大きな影響力を持っています。法律際百五条では、国民投票実施日14日前までは、有料広告放送を無制限に認めています。財界や財界をバックとする与党と、私たち一般国民や野党では資金力において圧倒的に差があります。これでは、国民投票当日14日前までは、憲法改正の意見広告でマスメデイアが独占される可能性があります。国民投票運動の全期間中、有料広告放送を禁止にすることを要求します。

●一括発議、一括投票の可能性
法律第六章において、憲法改正原案の発議にあったては内容において関連する事項ごとに区分して行うものとするとなっていますが、関連する事項という表現が不明確であり、一括投票に近いものとなる可能性が排除されません。一括投票となると、賛成する部分と反対の部分が抱き合わせた発議になり、国民の判断が投票に正確に反映されない可能性が極めて大きいと考えられる。特に、部分的に賛成、部分的に反対と書いた投票、白票はすべて無効投票とされ投票総数に含まれず(法律第九十八条第2項)、投票総数が大幅に少なくなる可能性があります。また棄権者が大量に生じることも予想されます。発議は改正する各条ごとに行うようにすることを要求します。

●衆参両院協議会による両院の独立性の否定
法律第六章において、憲法改定原案について衆議院または参議院のどちらかが否決した時、両院協議会を求めることになっています。憲法第九十六条は憲法改正の発議には衆参両院それぞれにおいて三分の二の賛成が必要であると定めています。衆議院と参議院との独立性からみても、どちらかが否決すれば「憲法審査会」から提出された憲法改正原案を廃案にすべきです。憲法改正についての両院協議会は廃止することを要求します。

●憲法審査会における実質的な憲法改正論議が直ちに始まる可能性
法律第六章において、憲法改正原案のおよび日本国憲法の改正手続に係る法律案を提出する「憲法審査会」が、現在衆参両院に設置されている「憲法調査会」に替って設置されました。法律補則第一条において、法律自体は公布から3年後に施行するが、「憲法審査会」は公布の以降初めて召集される国会の召集の日から施行すると定めています。憲法改正原案そのもの提出・審査は3年後までできません(法律附則第四条)が、憲法調査という名目で憲法改正の骨子案・要綱案の作成など実質的な憲法改正論議は直ぐにでも始められる可能性があります。そうなれば、公明党などの「憲法第九六条に定められた憲法改正のための手続きを定めるだけだ」という主張は成り立ちません。「憲法審査会」は、この法律が持つ国民主権や民主主義に反する条項を見直し、主権者である国民が自由に国民投票運動に参加できる法律に変えるための審議に集中することを要求します。